hinohi_no
2024-11-18 21:50:54
24857文字
Public トム関係
 

キミ科学

TGM最高だったので記念に出した時の本です。shipなし。


 Maverick
  
  
 いつも、機体の硬さを指で撫でて、覚えておく。
 お前ほどあらゆる機体に乗ったやつはいないと、僕に告げたのはアイスだったか。そうなるようにアイスが常に配慮してくれたからだったが、それは殊更、僕にとって喜ばしいことだった。
 機体に触れる。その感触を忘れない。金属が己の肌の表面につるりと滑って、君の調子を伝えてくる。
 たくさんの人が整備してくれたピカピカの君は、誰を乗せても最高の性能を発揮する。その中で、僕が乗ることを許容してくれた。
 どんな乗り物にも共通してあるのはエンジンで、昔はキーを差し込んで回したものが、今じゃボタンひとつだったりする。どちらにしろ、沈黙していたエンジンはかねてよりずっと静かに息吹を上げる。僕らの体を支えるのも、そんなことは簡単だと言うように。
 エンジニアは最善を尽くしている。しかし、この機体が少しずつ改良を重ねてきた経緯を、マーヴェリックは知っている。同じように、少しずつ歳を重ねてきた。
 事故が多い機体は、共通した構造的欠陥が存在する。あるいは、共通した構造的対策が必要である。航空機は、マーヴェリックが生きていた期間だけでも、多くの事故を起こしていた。
 例えば、第二次世界大戦当時、現在は危険性が非常に少ない高高度爆撃は、大きなリスクを孕むものだった。それに従事するパイロットは即死兵とさえ呼ばれ、戦争相手国に爆撃する作業の帰還率はほぼ五分五分であった。
 航空機あるいは戦闘機を丈夫にしたいなら、単純に考えれば装甲を厚くすれば済む。それはアヴィエイターを守り、生存率を高めることだ。しかし、装甲を厚くすることは、機体を重くすることでもある。そうなると、どれだけ優秀なアヴィエイターであっても操縦は困難になる。だから、装甲を厚くする場所には検討が必要だった。
 データはあった。帰還した戦闘機は、損傷箇所を調べられていた。損傷のパターンは明確であり、多くの戦闘機は翼にも胴体にも穴が開いていたが、コックピットと尾翼には砲撃を受けた形跡がなかった。それはデータを収集すればするほど、明確に表れていた。
 つまり、穴が多く開けられる箇所の装甲を厚くすればいいのだと、軍司令部は当然のように思ったが、それは視点の盲点である。あるいは、分析の失敗である。
 これも当然ながら――戻らなかった機体のデータは調べられていなかったのだ。
 撃墜されないために守らなければならない箇所がどこであるか、むしろ逆説的にデータは示していた。翼も胴体も穴がどれだけ穴が開いても帰還できる可能性を示しているが、コックピットと尾翼を攻撃されれば戻ることができない。それに気づくものがいなければ、即死兵の生存率は決して上がらなかっただろう。
 例えば、1940年代、ボーイングB17戦闘機は着陸事故を繰り返していたが、分析するとその原因はコックピットのデザインにあった。フラップとライティング・ギアが全く同じレバーで二つ並んでいたのだ。
 空の上では、地上で穏やかにシミュレートをする時とは全く違う精神状態に陥る。平時では問題なく冷静に見極められていたレバーが、操縦条件が悪くなると混乱を引き起こす。その分析が適切に行われた結果、レバーのデザインは変更され、それ以降、着陸事故は無くなった。
 それらはいずれも過去の話だが、マーヴェリックが海軍に入隊してから現在まで、航空機は同じように改良がされ続けた。そして、多くの機体が最新になり、過去になってきたのだ。
 例えばこれが最後のフライトになったとしても、僕は機体を恨まないだろう。
 空にいるとき、マーヴェリックは一人だった。かつて後部座席にいた、かけがえがなくて、何より大切で、親友で家族だったグースは、もうそこにいない。そこにいないけど、ずっと僕の心に存在している。今日はいい天気だ、今日は大変なミッションになる、今日は初めて見る景色に出会う。
 そんな時、僕はグースに話しかける。
 そうだなハニー、と彼の声が聞こえるわけじゃないけれど、脳内に焼き付いた記憶は簡単に蘇るから。
 もう飛べないと、君がいなくなって、何度も思った。
 それでも、僕はいつか飛んでいた。
 機体を手のひらで撫でる。F14からF18へ。そしてF35に至るまで。君たちに乗ってきた。君たちと飛んできた。もうダメだと思っても、もう無理だと信じても、君たちは僕を拒絶しなかった。機体には言葉がないから、当然の話である。君たちは道具だ。機体だ。人間が乗るから意味のあるものだ。それでも、君たちを素晴らしいと知っている。
 科学の成果で、人は人では到達し得ない場所にたどり着いた。それが海であり、空だった。
 空で散った父を追い、がむしゃらに駆け抜けた青年時代。今思えばとことん若くて、無茶で、無鉄砲で、ばかで、愚かで、もがくように生きていた。
 グースが死んでしまっても。
 アイスは僕に翼をくれた。
「お前は空でしか生きていけないだろう」
 かつて、まるで当然のことを告げるみたいに言うアイスに、僕は奇妙な気持ちになったものだ。なんだったかな。
「なんで俺のこと、俺より分かってるんだ」
 これだ。そんなふうに疑念を投げて、アイスはむしろ虚をつかれたように問うてきたのだ。
――違うのか?」
 マーヴェリックという人間は、人の器をしていても、空でしか生きられなかった。アイスの指摘は、完全に適切だった。
 言葉も苦手で、僕は大人になるにつれ少しずつ、言葉で表現する力を身につけようとしたけれど、相手が大切であれば大切であるほど――心を曝け出すように言葉を紡ぐことが、難しくてたまらないと知った。
 ルースター。
 君を愛してる。失いたくない。生きていてほしい。死んでほしくない。願書を抜いたのはキャロルの願いだった。でも、僕自身も君に絶対に死んでほしくなかった。君が幼い頃から今までに、一体幾度僕に笑顔を向けてくれただろう。一体どれだけ、僕に幸せを、くれただろう。
 家族なんて、持てないと思っていた。僕にはふさわしくないと。
 それでも、君は僕の息子だった。僕は君の父親になりたかった。君が笑う。君が拗ねる。君が励む。君が尊ぶ。全部、全部、君の全てを僕の全てに刻みつけて。
 君が、本当に、心の底から怒ったのは、あの日だけだった。
 願書を抜いて、僕が答えられなかった日。
 君の怒りに正当性はあった。子供は親のものじゃない。勝手に将来を決めていいわけじゃない。そもそも、僕らは血がつながっていないけれど――それが関係あったのかは、わからない。グースがいたら、どうしただろう。グースにも怒ったのかな。それとも、僕は血が繋がってないから許されないのかな。
 僕は長い間君と触れ合い、君と生きた時間を知っていて、持ち合わせていて、だから、君に許されるのではないかと願っていた。
 いつかは僕を、許してくれないかと。
 僕がこの手を重ねて、見つめて、そうすれば、何か劇的な変化が起きないかと期待した。でも、僕は映画の主人公じゃない。きっと映画の主人公なら、グースは生きてるし、僕はもっと上手く人生を渡ってこれた。誠実に言葉を紡ぐことができて、この手のひらの熱を君に伝えられた。
 人生なんて、そう上手くいくものじゃない。

 ルースターを愛してる。
 僕の全てをかなぐり捨ててもいいくらい。
 命なんて渡してもいいくらい。

 機体は愛を込めて丁寧に整備すれば、言葉がなくても答えてくれた。僕が操縦すれば、空の上を案内してくれた。僕のもう少し頑張ろうという願いに、頑張ったり、ダメだったり。でも、それはあくまでシステムの話で、僕が操縦するからである。子供だってわかってる。
 機体に乗り込んで、呼びかける。君たちが生きた軌跡も、僕と同じ道のりだ。骨董品だって言われる君たちだって愛してる。
 何度でも一緒に飛ぼうねと、僕はいう。
 その言葉を、ルースターに直接伝えれば良いだけだった。
「本当に、下手くそだなあ……
 空の上ではあんなにも自由にいられるのに、どうしようもなく、地上で生きるのが下手だった。
 撫でていた機体は、色々あって譲ってもらったp51で、とっくに骨董品だけど、整備すればきちんと飛べるものだ。一目惚れみたいに買い付けようとして、高すぎて目を剥いたが、せめて飛ばせてくれと頼んだら譲ってもらったのだ。お金はせめて分割で払い続けると言ったのだが、あんたのところにいるのが幸せだ、と言われれば。
 僕といるのが幸せなものなんて、きっと乗り物しかないと思っていたから。
 それでも、と僕は目を細める。
 もう飛びたくないと思うほどの家族を失って。もう死んでしまってもいいと思うほどの愛を失って。君がいなかったら二度と飛べないと思うほどのウィングマンを失って。
 それでも、僕はここにいる。
 失ったものは沢山あって、その全てが納得づくだったわけじゃない。僕はよくできていない人間で、どうしようもないほど不完全だ。人生は誰だって初めてで、幼い頃は道ゆく大人は全て完璧だと思っていた。
 でも、違った。僕は全然、完璧ではなくて、だからこそ、人を愛することがこんなにも難しくて。
 ルースターに、君が世界で一番大切で、君を失うなんて耐えられないと、僕は言葉では伝えられない。そういう性で、そういう性質で、そういう人間だ。結局ずっと、欠陥品だ。人間に言葉がなければ。人間に体がなければ。もっと自由で完璧だったのかもしれないのに、どちらが欠けても、人間は人間として生きられない。
 僕の言葉も、僕の肉体も、僕の心も、この全てが、不確かで美しくなくて、歪でどうしようもなくて、その僕と、ピート・〝マーヴェリック〟・ミッチェルと、それでも歩んでいくしかない。
 砂漠の乾いた風。慣れ親しんだ僕の家で、目を細めて外を見る。
 僕の背中を押してくれた沢山の人。僕を信じて、僕に最後のチャンスをくれた、愛しい愛しい、ウィングマン。共にいてくれた友人たち。強くて美しくて気高い、海のきみ。若くてフレッシュで、前に進もうと足掻き続ける君たちに。
 ずっと乗ってきた機体の数々。一つだって忘れていない。いつだって君たちの全てに乗ることができる。君たちのおかげで僕は空で息をしてこれた。
 その、全てが僕の歩んできた全てで、僕を形作る何かで、僕をここに導いてくれた。
「マーヴ!」
 君が手を振る。その、たくましい腕に、嬉しさが満ち満ちている。怒りに満ちたあの日の君。その悲しみにも怒りにも、寄り添うことができなかった、あの日の僕。全部、間違いだったけれど――消したい思い出とは、思わない。その過ちすら、人間の証明だ。失敗の分析が、僕を次の一歩に進ませる。人類の進化に繋がってゆく。僕を追い越すんだと息まいた教え子たちに、勇気をもらう。
 それでこそ、人はこの地球で、空をも支配する最も傲慢な生物たりうるのだろう。
 どれだけ失敗しても。どれだけ間違っても。どれだけ愚かでも。どれだけ足りなくても。だからこそ、その失敗を食らってもっともっと強くなれる。
 ねえ、君が生きていてよかった。君が笑っていて良かった。君を失わずに済んでよかった。僕は、君に出会えてよかった!
「ルースター!」
 僕は幾つになっても間違えて、それでも、今ここで、命よりも大切な君に受け入れられる、この瞬間に至ったのだから――ここまで至る力をくれた、全ての、きみに。きみたちに。
 ありったけの、感謝を!