hinohi_no
2024-11-18 21:50:54
24857文字
Public トム関係
 

キミ科学

TGM最高だったので記念に出した時の本です。shipなし。

 きみの方程式/物語を、突き詰めてみたいと思った、わたしたちの物語/方程式。

キミ科学

  
 
 Iceman
 

 俺は言葉が苦手なんだ、とその狼は困ったように呟いた。その言葉自体が言葉であるにも関わらず。
 アイスマンは、これまでのそれの言動を思い出す。喧嘩を売ったり買ったり無謀に挑戦したり。確かに言葉でのコミュニケーションが得意とは評価しづらい。
 そうは言っても、言葉を完全に使いこなすことは難しい。一番厄介なのは、言葉を紡ごうとするとき、心がそれを邪魔することだ。それが、恋人と別れ、教官も辞めることになった酔っ払いなら尚更だ。
 これほど言葉が下手な生き物はそういない。多分、前世は獣だったのだろう。
 とは言え、アイスマンだって、では言葉を尽くせているのかという話になると困る。おそらく、誰だって困るはずだ。
 それでも――俺は危険だ、とニンマリ笑って挑発していた頃を思い出す。この馬鹿に比べれは。誰だって、多分マシなのだろう。
「チャーリーとは、なんで別れたんだ」
「っえ、………………チャーリーだって、言った?」
 教官とアヴィエイターが付き合ってるのを隠すくらいの常識は持ち合わせている、ピート・〝マーヴェリック〟・ミッチェルは驚いたように目を瞠り、想定内のリアクションにトム・〝アイスマン〟・カザンスキーは笑った。
「いや、お前は自分が思うより、隠し事が下手だよ」
「えっ? え、えー……そうか……そうだったのか……
 頭を抱える馬鹿に、アイスマンはクツクツと笑う。これが痛手を負っているのは事実で、おまけに名誉ある教官職もご破産とあっては、落ち込むくらいはするらしい。散々無茶も無謀もやらかして、それでも人並みにショックを受けたりするのだから面白くもある。
 この時のアイスマンにはまだ預かり知らぬことだったが――マーヴェリックには、あらゆる場所に定住できない特性があった。(特性と言っても、人は変わるモノだから決めつけるほどのことでもないが)どうしても、同じ場所に留まれないのである。それは結果としてそうなのか、あるいは留まりたくないから問題を起こしてしまうのか。アイスマンにとって晩年の課題になり続けることだ。
……だから、アイスにも分かるだろ。俺は、なんでも、口にするのが駄目なんだ……
「言われないと分からないこともある、か?」
 何となくそんなことを言われたのかな、と予想して言ってみれば、マーヴェリックは微妙な顔をしていた。似たようなことをチャーリーに言われたのかもしれない。
……俺は十分に伝えてるつもりだったんだけど……
……キスとセックスで?」
「そうだよ。昔からそうだ。それって、恋人同士の化学反応、ってやつだろ?」
 ――確かに。それは、恋人同士の営みではある。
 でも、マーヴェリックを見ていると、失礼な話だが、こいつ結婚できないんじゃないか? と思う瞬間が、たびたびあるのだ。その要因が何なのか。まだ交友を深めるようになって二ヶ月のアイスマンには、真の理解は難しい。グースなら、多分よく知っていたのだろう。彼が何の方程式で動き、何を導き出して、それでいいと判断してきたのか。
 体で触れ合う愛情表現が、ダメなわけじゃない。
 だけど同時に、体で触れ合うだけじゃない愛情表現が、多分これからの未来ではもっと重要視されていく。
 マーヴェリックのような人間あるいは獣からしては、肌と肌で触れ合う愛情表現で全てが伝えられると思うのだろう。まるで、映画のワンシーンのように。
 こうやってアイスマンと話している現在も、言葉で伝えるのはもどかしいと言ったていだ。分かるだろ、とお前は言うけれど、人と人は他人であるからして分かり合えない。単純な話である。どんな素体でできていようが、遺伝子が解明されようが、人は自分と全く同じ存在と出会えない。クローン技術を用いても、結局のところほんの少しでも歩んできた人生が違えば、異なる生命になるのではないか? と言われている。生来の諸々について、遺伝子が決めていることは多く、けれども思考も言動も外的要因に影響される。他者との触れ合いに、意味はあるのだ。
 だからこそ、人は、表情や声、技能、態度、全てでもって相手に自らを伝え、相手のことを理解しようとする。
 マーヴェリックは、これまでグースという通訳を挟んで世界と接してきた。そして相手が異性の場合は、体で触れ合うことを選んできたのだろう。別に間違いじゃない。過ちでもない。ただ、それだけじゃ生きていけないのは、人類が言葉を発明したことが証明している。
 言葉は必要なのだ。
 情報の伝達にも、意思の疎通にも、伝聞にも学問にも科学にさえも――言葉で切り崩す世界に、意味はある。
……とは言っても、お前は野生で生きてきたからな」
「い、……やアイスにそう言われると、まるで俺は獣か何かみたいな気分に」
「そう言ってる」
「ええ〜〜っ……⁈」
 この男は、言葉が苦手だ。それが人生によるものなのか、元々の遺伝子に刻まれたものなのかは知らない。アイスは難しい本が好きだな、と航空しか興味がない男はいう。それは哲学だとか、人類史だとか、心理学だとか、この男から最も遠いかもしれない学問だからだ。数学も物理学も量子論も分かるはずなのに、それと密接な哲学に興味がないのは、逆に不思議でもある。多分、人生論とかと混同しているのだろう。
 ただ、数学も科学も哲学も、人を救うことはある。
 そして、言葉で伝えられないマーヴェリックがこの命を救ったように、言葉を紡げない生き物にも人を救うことができる。
 マーヴェリックにとって、人を救う手段もコミュニケーションも、行うべきは言葉でない。片手落ちだ、となんとなく思う。それでも、不完全なものに、時折人間は美を感じる。マーヴェリックは、どうしようもないからこそ、言葉は下手で、それなのに空の上では誰よりも自由であるからこそ、どうしようもなく魅力的なのかもしれない。
 別に、アイスマンはマーヴェリックの顔が好きなわけじゃない。どうしようもなくハンサムでも、整っていても。そんなことより、マーヴェリックのひたむきさが、好きだった。
 君が幸せに生きていけるなら、別にそのままでもいいんじゃないかと思うくらいには。
 ……だからと言って、結局、体だけでは生きていけない。いくら獣らしいと言ったって、その器は、確実に人間の形をしているのだ。アイスだって、まだ人生を十分に生きたとは言えない中で、お前の生き方には足りないものがあるよ、とは早々言えるものではない。ただ、友人として思うのだ。ウィングマンとして憂うのだ。
 そのまま生きて、息をして、お前はどこかで苦しまないだろうか?
 この先、今みたいに、お前は恋人と別れて何度も泣くのだろうか。誰かと分かり合えなくて、息を吐くのだろうか。体で触れ合えない(助けられない)相手との関係を知れないのだろうか。
 本当のお前をしれば、お前のことを良く知れば、誰だってお前を好きになる。真っ直ぐで、傷つきやすくて、無鉄砲で、脆くて、強くて、暖かくて、粉々で、うずくまって、立ち上がって、飛び続ける。お前のことを、深く深く知ってしまえば。
 それでも、誰かと本当に深い関係を築くための手段を、一つ落としたお前は、やっぱり、人間として生きるには不十分なのかもしれなくて。
……まあ、今度一緒に飛ぶか」
「! アイス、ありがとう……!」
 地上の上では辿々しく、空の上では美しく。
 言葉を使うにはまだ未熟で、体の全てを好きだと思う。
 お前の方程式は、どんな数式なのだろう。