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hinohi_no
2024-11-18 21:50:54
24857文字
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トム関係
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キミ科学
TGM最高だったので記念に出した時の本です。shipなし。
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Phoenix Bob
どうやったらマーヴェリックのように、飛べるのか。
フェニックスの目下の課題はそれである。議題であると言ってもいい。既に前代未聞のミッションを終え、伝説とも言えるそれらに加わった。
フェニックスは、ホワイトボードに文字を書き続ける。キュ、キュ、とマジックペンが音を立てて、数式も英語も黒く書き上げていく。脳細胞はフル回転させると熱を持つ、というのがフェニックスの感覚論であったが、まさにその状態であった。熱いけれど、その熱すら熱力学の法則に従ってエネルギーになっている気がしている。
物理学は、数学は、最適解を導き出す。理論値の上ではいつだって、マーヴェリックの飛び方を否定する。
けれどもそれでは駄目なのだと、フェニックスは憑かれたようにホワイトボードを埋めていく。
――
完璧なまでの飛び方を、自らのものにしてみたい。
「フェニックス」
ハングマンは性格最悪だったが、それでも同じアヴィエイターとして分かる部分はあった。ハングマンは、誰よりも早く飛びたがっていた。最初の頃のハングマンはあのような態度ではなくて、いつからか、とことん傲慢な男になっていったのだ。性格が悪いのはずっとそうだけど。
「
……
フェニックス」
ただ、誰よりも速く飛ぶために、ウィングマンを見捨てるような姿勢をみて、こいつと一緒に飛びたくない、というのが素直な気持ちだった。このミッションを飛ぶ。わたしが飛ぶ。その決意に準じて、わたしは飛んだ。
「
――
フェニックス!」
「ああ、ボブ、ごめん」
少し強めに呼びかけられて、ようやく手が止まった。気がつくと、ホワイトボードをはみ出して壁に数式が伸びていた。これ、消せるかな、とボブを見れば僅かに首を振られた。消せないのか、それとも今の自分にダメ出しされたのか。両方の気配がする
「座学?」
「ん、考え事するときの癖」
「数式が? 流石だね」
フェニックスには考え事に没頭したいとき、絶え間なく数学や物理と向き合い続けるところがあった。腹が立った時はバッティングセンターに向かったりするのだが、昔から得意なのだ。座学も。
とはいえ、ミッションに集められたのは全員が精鋭で、トップガンの卒業生だ。全員そのあたりが得意なのは当然で、ボブもふうん、と言いながらホワイボードを眺めている。
太い首から浮かぶ血管が、顎のあたりにグッと力が入っていることを示している。ボブのそういうところを、気に入っていた。
「考えてて。ミッションは終わって、大成功。私たちももうお別れが近い」
「そうだね、仲良く入院した仲だけど」
「でも、この経験を私は絶対に忘れない。一生刻んでいくと思う。それで、思った」
マーヴェリックみたいに飛ぶには、どうすればいいのか。
「彼みたいに? ハングマンみたいなことを言うね」
「それは結構へこむわ」
別にあいつも心底悪い奴じゃないけれど
――
まあ、社交辞令みたいなものだ。アヴィエイターは口が悪いのである、基本的に。
「別に、マーヴみたいに飛ばなきゃ生き残れない、とかそういう話じゃない。ただ、あんなふうに飛べたら、どんなに楽しいだろうって思いついちゃって」
「甘い誘惑だ」
ボブは、ふ、と笑った。出会った瞬間は意外性のある後席要員だと思ったけれど、ボブは最高だ。フェニックスにとって、彼は意見を交換し、切磋琢磨しあえる同志だった。
「マーヴみたいに、か。
……
考えれば、彼は天性でやっていたことだけど、オープン・ループタイプだよね。メカトロニクスにおける数値制御ではない話。つまり
――
失敗とあんなに向き合わせられること、僕らは初めてだった」
航空業界では、特に旅客機であるが、失敗が成功を築いてきた実績がある。ブラックボックスはその代表で、事故の瞬間何が起こり、何が原因でどうなったのか、全てが詳細に記録される。それは別途調査団により分析され、原因と対策が練られる。その時、パイロットに責任を押し付けるのではなく、もっと技術的な要因で話し合いが行われる(べきであるが、過去の歴史では、誰かのせいにする誘惑に敗北した事例も存在する)。この、原因究明が正しく行われ、失敗を糧としていくサイクルをオープン・ループ、失敗をそのままとしてしまうことを、クローズド・ループと言った本があった。
本来クローズド・ループがうまくないことは、子供にだって分かる。必要で、考えなければならないことは
――
どうすれば防げたのか、原因はどこにあったのか、その本質を見極めること。何故? 何故? 何故?
高度オーバー。それは違う、とマーヴェリックは言った。フェニックスの失敗への原因分析を否定した。
何故死んだ? その言葉には、原因の見極めへを鮮烈に行わせる。そして、その理由で遺族が納得するか? の一言もあまりに見事だったのだ。
医療業界では、同様に原因の分析がなされてこない期間があまりに長かった。手は尽くしました。予期せず不幸が起こりました。そう言って、これまで遺族、あるいは親しい人間、パートナーは納得させられてきた。だが、本当に納得できるのだろうか。医者がそういうならばそうだったのだろう、と言い切れるのか。人間ならば誰だって過ちを起こすのではないか。ヒューマンエラーの防ぎ方は、システムでしかあり得ない。だからこそ、何故を追求していく必要がある。
何故失敗したのか。何故上手くいかなかったのか。マーヴェリックという人間は、そんなことを絶えず考える必要があると知っているのだ!
誰だって、失敗と向き合うのは怖い。己がしでかしたことで、自分のみならず誰かの命を奪ってしまったのかもしれない、ということは、考えるだけでも恐ろしいことだ。けれど、航空業界でも医療業界でも起きることだ。
長く飛べば仲間を失う。マーヴェリックの相棒、ルースターの父親は亡くなっている。それは原因究明調査が行われた上で、マーヴェリックのせいではないと判断された事故だとしても。そのことをフェニックスも、ボブも知らない。知らないけれど、共に飛んだ人間が死んだマーヴェリックと、そうではない自分達の、決定的な違いを肌で感じた。
彼は仲間を失っているのだ。アヴィエイターとして生きる中で。
現代のアメリカで空中戦なんて誰が行う? 高高度爆撃以外で、命に危険を覚えるか? わたしたちのようなエリートを、一体誰が教えられる?
マーヴェリックは、失敗に対する向き合い方を教示する。いつだって完璧に飛ぶことはできない。予測できないことは数多く。それでも、我々に学ばせようとした。力不足を。失敗の分析を。何故? その疑問の浮かべ方を。
「失敗と成功の方程式を導きだせ、か
……
とはいえ、腹たつことに
――
マーヴェリックって、失敗したこと、殆どないでしょうね。こと、コレにおいて」
「だろうね」
ルースターと拗れていたのだから、コレ以外では散々失敗してきたのだろう。そもそも彼は自由過ぎて、一度教官を外されている(フェニックスはトップガンの教官を二ヶ月で外したことは知らないので、サイクロンに取って代わられた時のことだが)。
けれど、そういうものとは一線を画す
――
空の上でだけで言えば、彼は失敗していない。
では、何をもって失敗と指すのかと言えば、即ち死だ。
どれだけ死んだと思っても復活してくる。どんな場所からでも戻ってくる。空前絶後のアヴィエイター。トップガンを卒業したベスト中のベストである我々を、片手で捻るように飛び越えていく狼。彼は本能で学習してきた。失敗を。そして成功を。
生ける伝説と誰かが言った。その通りだと、打ちのめされた、誰もが思った。
「絶対に、僕らは失敗するよ。フェニックス」
ボブの、低く美しい声が、真実を呟く。
「僕らは彼じゃない。マーヴェリックにはなれない。これからも永劫、彼に負け続ける。何度挑んでも、失敗する。何故? その度に思うだろう。何故? その度に突きつけられるだろう。何故? 一番怖いのは、明確な答えが得られなくなる瞬間だ。自分がベストを尽くして、全身全霊を、振り絞って。
それでも、彼になれなかった時
――
才能が違った、そもそもああはなれないのだと、諦める時が一番辛いよ」
自分で言っておいて、それが辛くもなんともないように、真っ直ぐにフェニックスの書いた数式をたどり、ボブは目を細めた。淡々と、それなのに温度を込めて唇を開く瞬間、彼に向き合われていると感じる。
事実、その通りに。ボブは、フェニックスを見る。見つめ合う。
「
――
それでも、挑むのかい?」
彼のように飛びたいと思うの? とボブはいう。
フェニックスは、ハングマンとは違う生き物だ。誰よりも速く飛ぶためなら、他の人はどうでもいいとは思わない。どれだけ早く飛べても、あんな調子じゃ最悪だ。
フェニックスからすれば、ルースターのように、すぐに誰かのために身を投げ打ってしまう飛び方が、仲間としてはずっと信頼できる。仲良しこよしとはいかなくても、いざという時に背中を預けられる人間のことを信頼して飛ぶ。だけど、ルースターのそれは危うかった。時に味方のために自らを擲っていた。
ただ、そのルースターを、庇って墜落した、白銀の景色を想う。ルースターと違って、諦めて帰るしかなかった我々を思う。
もう二度と、あんな気持ちになるのは、御免だ。
仲間のために飛びつつも、誰よりも早く美しく飛ぶ、空の上でかんぺきな形をした
――
マーヴェリックようになりたいか?
答えは出ている。とうに。
「なりたい。なってみたい。全員ぶっ飛ばして、私がトップだって胸を張ってやる」
だから、トップガンを首席で卒業したのだ。ずっと道も生き方も変わっていない。
「大変だよ?」
「そんなの当然」
「すぐには追いつけないかも」
「屁でもないね」
「どんな技術を身に付けても、やっぱり追いつけないかも」
「培ってから考える」
「努力して習熟して、それでもダメだったら?」
「だったら
――
全部捨てたっていい」
これまでの常識。考え方。飛び方。マーヴェリックが何にも捉われないように、彼を超えるために、彼のようになるために、それらが必要だというのなら。
「私はフェニックス。どれだけ失敗して死んだって、灰の中から復活してみせる」
――
そして、マーヴェリックを超えたい。
何故? と問われたらこう答える。それが私だから。
何故? と常に自らに問い続ける。失敗を繰り返しながら。
入隊したての頃に言われた、女のくせに、という言葉も揶揄も、全部どうでもよかった。もとより、ただの性別だ。
誰よりも速く。誰よりも高く。いいや、違う。瞼に焼き付く、全てを凌駕する強さ。
その強さが、経験が、本能が、技術が、空への愛が、美しく映った。それだけだった。
いつかではなく、今から私はああなりたい。あの景色が見たい。
そのために、失敗と向き合い続けることが必要なら、いくらだってやってやる。天才の飛行に追いついてやる。科学と数学は、天才に追いつくためのステップをくれる。何故? を考え続けた人類は、飛空艇一つとっても、ずっと最善を模索し続けてきたのだから!
そのフェニックスの野蛮なほど美しい決意に、ボブは目を瞠ったのち
――
声を上げて笑った。
「は、はは
……
! 君って、やっぱり最高だ。それを貫くなら、僕は君の後席要員だ。ミッションが終わっても、時に僕が地上で君が空にいたとしても、ずっとね!」
どんな答えでも、ボブはフェニックスに失望しないつもりだった。ただ、想定したよりもずっとずっと最高の言葉に、飛び上がりそうなほど嬉しくなる。凛とした眼差し、ピントのびた背筋。フェニックスの後ろに、隣にいる時、ボブ・フロイドは自分が上等な人間になれる気がするのだ。
だって、ボブ・フロイドは。
フェニックスの飛び方も、生き方も、全てきちんと丁寧に、その輪郭から中身まで、その存在を愛しているのだから。
「ありがと、ボブ。あんたも最高よ」
この先、長い人生で。
ずっと、あなたは私と飛んでくれると思う人間が目の前にいるのだから
――
不可能が可能になるくらい、そんな難しい奇跡じゃない。
どうすれば、マーヴェリックのように飛べるだろう? 答えは実に泥臭い。
死ぬ気で這い上がれ、死んでも努力しろ、死ぬほど失敗して、死んだってその法則を導きだせ。何故を繰り返していけ。
焦がれたものを手に入れるために、その絶対式を見つけ出す。
そんなこと、隣の最高の誰かと一緒なら、絶対にできるはず。
フェニックスは、笑うように自分の唇を舐めた。
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