hinohi_no
2024-11-18 21:50:54
24857文字
Public トム関係
 

キミ科学

TGM最高だったので記念に出した時の本です。shipなし。


 Hondo
 
 
 マーヴェリックに初めて会ったのは、勿論なんてことはない任務の最中。始まりからずっと破天荒で無鉄砲で、目が離せないし離しちゃいけない狼だった。
 マーヴェリックはホンドーより年上だし、実際にやってのけることはどうしようもない程奇跡的だから、本当はこう言っちゃいけないのかも知れないが――本人が言っていたんだから良いんだろう。
 マーヴェリックは、ホンドーの友だちだ。
 大人になってから、職場で出来る友だちというやつは、人が思うよりも少ないものだ。特に、ホンドーのような裏方畑の人間なら尚更だ。花形の人間は花形の人間と意気投合して、笑う。裏方の人間は裏方と酒を飲む。全部がそうとは言わないが、大体世界はそういうもので。
 勿論、マーヴェリックにとっては、そんなのは一切合切、関係がなかった。
 アヴィエイターは良くも悪くもプライドが高く、自分が一番だと思っていて、機体を愛しても整備している人間やそれにまつわる全てにまで礼を言っている暇はない。仕方ないことは分かっている。いつだって顧みられたいなんて我儘だ。ただ、最悪なやつがこっちの静止も聞かずに調整中の機体に乗り込んで、目標速度に達せなかった! と曰う瞬間はままある。結構な頻度で。
 そんな経験を誰しもしているから、ダークスタープロジェクトにおいても、誰もがマーヴェリックに疑心の目を向けた。当初は。
「テストパイロットのマーヴェリックだ。よろしく」
「どうも、噂はかねがね……噂は……かねがねぇ……
「はは、何故二回も……えっ? やばい噂が流れてます……!?」
 前のプロジェクトから付いてきたホンドーにはよく分かる。マーヴェリックの無茶苦茶やらかし伝説は、マーヴェリックがそのプロジェクトに配属になった瞬間に伝令される。
 おい、次に来るやつとんでもねえぞ! という感じに。
「俺も黙ってたが、お前が来る時、F14で3機撃墜したのち管制塔を掠めた男が来ると聞いたぞ」
「それは事実なんだけど」
「そうか……
「私が聞いたのは、イラク戦争で非公式にウイルス兵器を嵐の中破壊したという話ですが……
「それも、事実だけど……
「事実か……
「私は馬鹿みたいな噂を聞きましたよ。恋人を勝手に戦闘機に乗せて、大目玉くらったあほあほパイロットって!」
「それは流石に失礼だろ」
「すまない、事実だ……
「カザンスキー大将にいつも過保護に守られてるとか言うのは……?」
「過保護かどうかは知らないよ」
「はい、解散! 解散!」
 全然噂に尾鰭が付いてなかった。マーヴェリックは若気の至りで……とか言っていたが、どれもこれも年齢とか関係ないと思われる。
「ゴホン、皆色々聞いていた通り――僕は碌でもない人間かもしれない。しでかしてきたことは沢山ある。ただ、一つだけ約束する。
 僕は君たちのため、そして、ダークスターのために飛ぶ。他の何者でもなく」
 アヴィエイターが機体を大事にすることは、そう珍しいことじゃない。珍しいことじゃないが、簡単なことでもなかった。
 大事にすると一口に言っても粒度はさまざまで、整備士ほど大事にしてるのか? と言われたら普通は違う。誇りを持ってアヴィエイターにそれを明け渡す、我々は決して妥協しない。
 けれど、マーヴェリックは本当に機体が好きだった。個人で所有してるのか? それを? と聞いたこともあって、うん、整備してるよ、とニコニコされる気持ちがわかるだろうか。マーヴェリックは完全なるアヴィエイターだが、同時に乗り物をこよなく愛するメカニックでもあった。
 そして、決して自分勝手な人間でもなかった。
 マーヴェリックは、誰かのために飛ぶことができた。あれだけの腕前だ。素晴らしいだけの功績だ。机仕事が似合わないのは分かっているが、ここまで協調性があるとは思わなかった、というのが、マーヴェリックと仕事をした人間全ての共通する認識だ。
 もっと無鉄砲で。もっと自分勝手で。もっと碌でもなくて。もっと傲慢で。もっとコミュニケーションが取れないと思うのだ。
 それが、ムービースター顔負けの整ったかんばせで目を細めて笑う。このプロジェクトのために来た。君たちと飛びにきた。この美しい機体を、世界最速にしにきた。嘘でもなく、偽りでもなく、真っ直ぐに、本当にこの男は命を賭けにきていると、誰しも必ず気がつく日が来る。
 その日、誰しもが、マーヴェリックを好きになってしまう。多少言葉足らずでも。多少無茶を貫いても。多少飛び出しがちでも。そんなところを含めて、愛してしまう。それがマーヴェリックだからと。
 マーヴェリックを寵愛していると言うカザンスキー大将の気持ちが分かる。マーヴェリックはそのまま生きている姿が、それだけで充分なのだ。少しダメなところまで、まあ可愛い奴だと思ってしまう。彼に怒り続けることは、実のところ死ぬほど難しい。
 ――ダークスタープロジェクトで、最も困難だったのが、パイロットの選出だった。
 無人機が主流となる時代で、マッハ10を目指すプロジェクトというだけで、そもそもがあまり望まれたものではなかった。そんなことをしてなんの意味がある? というのが上の口癖だった。
 しかし、有人機におけるマッハ10のテストが成功すれば、無人機における精度向上にも役立つことは、現場の誰もが知っていた。この辺りを繋げられないのが、奇しくもアメリカという国である。
 今後、無人機と有人機の役割は明確に差別化されていくものの、真に有人機が不要になる日は遠い。こればかりは、技術的特異点を待たずして無人機が追い越せるものでもない。ただし、こと戦闘において。ただ高高度から爆弾を落とすだけならば、上層部が考えるように今後圧倒的に無人機が有利なのだ。そもそも人命の問題もある。他方で、有人機にしかこなせないミッションも命題も存在する。
 最高の無人機を作るためには、最高の有人機が必要になる。その不可逆性を、忘れてはならない。その本質を、忘れていない――それが、マーヴェリックだった。
「いつか、無人機が主流になったら、あなたはどうするんです?」
 無邪気に――ではなかった。彼は彼なりに、だろう。ダークスタープロジェクトに参加している青年に問われ、マーヴェリックは、あの、何度も見た/言葉にならない/表現して良いかも分からないような/美しい表情で笑った。その目つき、その顔はやめてくれ、と何度か言ったのだが、何故か何遍言っても通じないのは、自分のせいじゃないと思う。
 現に、青年はマーヴェリックに見惚れたように、わずかに目を見開いた。そうなるよな。なると思う。誰だってなる。何だってこの男は、ふっと笑うのだ。その目に煌めく意志をたたえて。
「いつかが来るまで、乗り続ける」
……そのいつかが、そう遠くなくても、ですか?」
「ああ、僕はまだ、ここにいる」
 その言葉に、質問した青年だけじゃない、その場の誰もが、息を呑んだ。
 アメリカが急ピッチで進めている無人機開発の裏には、戦争における人的被害の話がある。こと戦争において、いわゆるサイバー戦争化してゆくと推測されていたのが近年の軍事論だが、結局、人と人の物理的な激突になることは明らかになった。
 戦争なんてしないほうがいい。他方で、アメリカは世界の警察として、例えそれが虚勢であっても胸を張り続けなければいけないし、それが世界の均衡を取れるといえるなら、我々はその一員として、少しでも正しいと思えることをするしかない。
 ダークスタープロジェクトは、軍事だけではなく、今後の宇宙開発にも転用できるアイディアと技術が詰まっていた。人は、せめて宇宙の上でだけは争わないようにと、かつて誓い合った。それが幻想だったとしても、その時そうやって決意した人々がいたことは、消えるわけじゃない。
 我々は軍人だ。でも、戦争をすることだけが仕事じゃない。少しでも国を、人を、世界をより良くしていけることができれば、そのための何かを守れればそれで良い。それが仕事なのだ。
 我々はここにいる。裏方だろうが、何だろうが、確かにここにいて、国のために、人のために、世界のために働いている。それが、名もなき何かと言われようと!
 そんな言葉を、マーヴェリックが口にする。
 アヴィエイターとして、これまで散々多くのことをして、沢山の人を怒らせて、数多の人を救ったであろう、マーヴェリックが、噛み締めるように口にするならば。
……僕らも、ここにいるって言わなきゃいけないですね、よっぽど」
 よっぽど、我々だって、胸を張って証明していくしかないのだから。
……あれ? 僕、変なこと言った? なんか不思議な雰囲気に……
「いいんだよ、お前さんはそれでいい……
「ホ、ホンドー⁈ 君までそんなことを言うのか……!?」
 だから、お前のことを皆好きになっちまうと言っただろう。
 ホンドーが見回せば、プロジェクトのメンバーは一人残らず、マーヴェリックの誰もいないことにしない姿勢に胸を打たれていた。
 マーヴェリックは誰も見捨てない。誰のためにも、飛んでみせる。僕がここにいると、ダークスターと一緒に証明してみせると、言い続ける。その言葉が嘘じゃないことに、こうしてハッと気がつくから――仕方ないくらい、好きになってしまうのだ。
 ホンドーだって、ずっと、マーヴェリックのことが大好きだった。敬愛も、友愛も、全て混ぜ込んで、マーヴェリックに出会えた人生に感謝した。こんなにも誠実で、こんなにも面白いやつが、他にこの世にいるものか!
 ――お前が持つ絶望も、携える失陥も、掴む寂寥も、その全てを、本当は知っているけれど。
 年配のメンバーが、マーヴェリックに初めて笑いかける。
……ふん、ダークスターのこと、よろしく頼むぞ。じゃじゃ馬だが、こいつは誰より速く飛べる。パイロットがポンコツじゃなければ」
「勿論! 世界最速を、ダークスターと、君たちと一緒に飛ぶよ。本当に楽しみだ! よろしく」
 いつか、いつかどこまでも深く、幸せになってしまえばいいと思う。
 いつか沢山飲んだ夜、ほぼ眠りながらルースター、と悲しそうに呟いたお前が、喜びに満ちればいいと思う。教えてくれグース、と時折囁いて、まるであっちの世界に行ってしまうんじゃないか、行きたいんじゃないかと思う日々が過ぎ去ればいいと思う。ウィングマンは一人だけだよ、と笑うお前が、それに置いていかれないように願う。
 嫌になるくらい長生きして、しかもずっと元気で、健康寿命を全うし――多くの人間に晴々と見送られるのが、お前に似合う最後だよ。
 お前の言葉も、お前の心も、お前の行動も、その全てが、いつだって、誰かを幸せにするものなのだから。
 報われなければ嘘なんだと、ホンドーは思うのだ。