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hinohi_no
2025-04-29 20:28:40
6856文字
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九龍城砦
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愛のかけら/九龍城砦
秋兄貴の話。モブと洛軍と信一が出ます。この先の生き方について。
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けたたましい金属音を暇があれば鳴らしていた男たちがその行為に飽き、秋のちいさな監獄に人気がなくなるのは存外すぐのことだった。大地主の権利を破棄させるため、あらゆることをする意味もないのだ。誰も秋に興味を示さなかった。外の世界でどうなっているのかは知らないが、いつかは根を上げるし、いつかが来なくて死んでしまっても些細な問題で、実質的にここはもう奴らのものなのだろう。
足も手も伸ばせない場所に閉じ込められている。頭部の傷はずっと痛いままだ。大した仕事が与えられていないのであろう男が、仕方なさそうに干し肉を柵の隙間から差し入れてくるものを、少しずつ齧る。水も。
朦朧とした意識の中で、それでも人は容易く狂えやしない。妻子を殺された時だって、気が狂ってしまいそうなほどに辛く、無力感に泣き叫び、復讐のために邁進してきた。楽しいこともそれなりにはあったけど、その度に抗争に巻き込まれる形で死んでしまった彼らに詫びるような気持ちになる。
お前は、無茶をするから。
もう自分を許してやれ。
何度も、何度も、友だった男はいった。義兄弟の契りを交わしたうつくしい男は、秋のことを案じていた。自分だって、血に濡れた手をどうしようもないほど握りしめていたくせに。秋はそのことから目を背け続けた。あの罪ひとつないような屈託のない男がタバコを吸い始め、天を睨むように目を細める瞬間を、見てきたのに。
干し肉が喉に詰まって、ゆっくりと息をする。味もしないような無味乾燥なそれを、けれども秋は呑み込み続ける。
「あんたさあ」
当初は他の奴らと同じように、面白がってこの柵を叩いていた男に声をかけられた。
「なんでそんなつまんねえ意地はってんだ。もう王九兄貴のものなんだぜ、ここは」
大ボスのものではない。ほんのわずか笑いたい気持ちになった。あの日の龍捲風は、われわれのことを指して上の世代と言った。秋も、龍捲風も、虎も、そして大ボスですら
――
世界全部が自分のために回っていたような、駆け抜けるような全盛期ではないのだ。
復讐を遂げたかった。それだけが生きる意味だった。
だってなんの罪もなかったのだ。あの子にも、あの子にも、あの人にも。
己だけでもそのことを覚えて、覚え続けて。なんでもすると言ってやらねば、報われないじゃないか。
「意味なんてねえのに」
復讐しても何も返ってこない。死んだ人間が生き返るわけじゃない。本当に水に流さなきゃいけなかったとしても、それでも自分だけは呪い続けなければいけないと思っていた。
「諦めて一筆書いちゃえって」
その声に一抹の優しさがあって、この男は己を憐んでいるのだと分かった。そりゃあそうだろう。薄汚れて、狭い場所に押し込められて、けもののように生きている。ただ息をして、ずっとずっと考えている。どうすれば良かったか。友のこと、妻子のこと、復讐のこと、あるいは九龍城砦を巡る戦いの日々について。
意味はない。そもそも人生に意味なんてないのだ。ただ歩いた軌跡に人生があって、今こここに自分がいる。そこで守りたかった尊厳がある。そのために、大切な友を殺すことになった。
「
……
今日もダンマリかよ」
答えはない。でも、せめて。ここでゆっくりと死に絶えていくことが、己に最後に託された誠実さなのだと思う。誰かを裏切って、裏切られ、けれども互いに何か守りたいものがあった。最後の意地だと言われれば、その通りだ。意味なんてないかも知れない。
それでも。
秋の心の最後に、魂のどこかに残った最後のひとかけら。どれだけ追い詰められて、もう死にたいと思っても消えないもの。人と人の関係に翻弄され、この世をまるまる謳歌できなくなって、削られ尽くしたのちの核の部分。
――
愛していたんだ。
妻も、子も、龍捲風のことも。
本当に愛していた。それだけは、ここで朽ち果てる最後の瞬間まで、死んだあとだって変わらない
――
秋そのものであった。
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