hinohi_no
2025-07-27 10:37:33
12947文字
Public その他
 

運命のひと

ゲ謎のshipなし怪奇もの。寄稿作品


 たくさんの怨みと、恨みと、憾みのなかで。
 多分、わたくしはその権利があると思った
 誰よりも、とは思わない。何も知らない子供も、龍賀は手にかけてきた。都合がいい存在に幽霊族の血を与え、永遠の苦しみを味合わせた。
 けれども、どうしてわたくしが不幸でないと言えたでしょうか。
 生まれたときからずっと道具であって、人間扱いなどされてこなかった。生きていることはどこまでも苦しく、絶望しか存在しない。
 わたくしは知っていました。外の世界も同じだと。
 どこにいたって、女は、道具でしかない。
 それを理不尽だと怒ることが、どうして許されたのでしょうか。わたくしは子供で、その上女で、たった一人で龍賀の家を飛び出しても、何ができたのでしょう。搾取され、奪い取られ、犯されて、死ぬまでそうして生きていく。それが現実で、わたくしの生きる、世界のすべて。
 誰かをこころから憎むことも、呪うことも、恨むことも……きっと。
 よすが、なのでしょう。繋がりで、存在で、わたくしの全霊を賭けるに値する。
 あの人は、わたくしを救うことはできなかった。いえ、多分、違うのです。わたくしは、救われることを願ってはいけなかった。
 この地獄の中で、人生などなんの意味もないと割り切った上で、全て壊してしまわないといけなかった。日々を懸命に生きる人々を、踏み付けにして生きてきたのなら。
 そう、項垂れるわたくしの耳に、届く音。
 
 あなたは、悪くないよ。
 
 誰かの優しい声が語りかけてくる。その人はずっといた。わたくしが近づいてはならない場所で、懸命に生きていた。
 振り向けば、髪の短い、闊達な美しい人が立っていた。
 彼女は目を細めて、好きにしたらいいと言った。
 わたくしが、好きにしたかったこと。
 それは全てを壊すことだったのだろうか。燃やし尽くすことだったのだろうか。あの人を怨み続けることだったのだろうか。
 彼女は言う。
「恨みたいなら飽きるまで恨んで、疲れたらもうやめて、休みたいなら休めばいい。あなたはそれができるから」
 そんなこと……そんな自由を、わたくしは知らなくて。
 それでは、と先ずは恨んでみた。とことんまで、飽きるまで。わたくしを救わなかった世界。わたくしを救わなかった人々。わたくしを見捨てた誰か。
 恨んで、怨んで、憾みぬいた。
 恐怖と悲鳴と憎悪の中で、わたくしは満足して。
 それから、怒り続けることも、呪い続けることも疲れたと思う。
 きっと、わたくしには未来永劫、怨む権利があって。でも、怨み続けろと言われたら違うのだ。女は恨みが深いなど、押し付けられるのも憎たらしいのだ。
 わたくしの気持ちは――絶望も、憎しみも、ほんのひとときの喜びも、胸が高鳴った一瞬も。いっぺんたりとも、かけらまで全て、わたくしのもので!
 わたくしは、わたくしのものだったのです。
 龍賀のものでもない。誰かのものじゃない。満足に生きられず、人生が絶望に終わったとしても――それでも、この命は。この体は。髪の毛ひとすじにまで至っても。
 誰にも渡さず好きにしていい、わたくしだったのだと。
 今更気がついても、遅いですね。わたくしは彼女に言う。ずっと隣にいてくれた美しい人に。
 あんまりにもずっとずっと傍に居てくれたから、わたくしなんかと居て、良いのですか? と続けて聞いた。
「いいの、私の待ち人は、しばらく来ないみたいだから。それに……
 あなたのこと、放っておけないから」
 彼女のわたくしの手をとって、握って、祈るみたいに口にする。
――知ってる? 私たちは、手を繋ぎあえるって」
 その美しい魂を、心を、掌を……わたくしは、震える手で握り返す。強く、強く、強く。縋り付くように。
 
 あなたは、なんでもしていいし、なんでもできるから。

 繰り返し、わたくしにあなたは言う。ずっと、そう伝えてくれていた。恨みだけで燃えていた魂は、その言葉で。いいえ、あなたの泣きたくなるほどの優しさに――歓喜に咽び泣いて。
 
 あなたにずっと出会いたかった。
 わたくしの終わりの果てに、あなたがいてくれて、良かった。
 でも、ああ、わたくし、生きている間に愛しいあなたに会いたかったのです!
 
 それが、わたくしの最後の恨み。
 ……その権利が、きっと、わたくしにはあるでしょう?