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hinohi_no
2023-07-28 22:55:14
7779文字
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インド映画
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あなたの中に神を見る/RRR
絆と愛はあります。アールの小話。
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2
3
兄貴、と己を呼ぶアクタルがラーマの家に当然のように入ってくるようになったのは、知り合ってからすぐのことだ。
アクタルは家族と住んでいるが、ラーマは一人暮らしである。叔父はいるものの、住居は別。ゴーンド族の羊飼い捜索のために調べ物をする、活動を調べる、唯一逃した手がかりの似顔絵を持って練り歩く。やることはいくらでもあるが、いずれでも芳しい成果が出ていない。デリーの広さを踏まえると、全域を探すのは効率的でないので、結果としては自宅で調べ物をしている時間の方が長かった。
最初は用事がある時に部屋に直接呼びに来る程度だったのが、時間が空いていれば部屋でのんびりするようになって、アクタルはすっかりラーマの家に詳しくなった。最初のうちに、ラーマは自身と警察官をつなげられるものを置いている部屋を隠すことにしていて、あとはアクタルが文字を読めないこともあって、特に隠し立てしなかった。
アクタルが急に来る時もあったし、後で行くと予告されることもある。
いずれにせよ。ラーマにとって、アクタルが家に来ることは、何ら嫌なものではなかった。
「腹が減ってきた、何か食べに行くか?」
ラーマといる時にかなりの確率で空腹を訴えるビームに、今日は隠し球がある。
「台所にいいものがある」
えっ、と弟分は足早に台所に向かい、そちらから嬉しい悲鳴が聞こえてくる。
「兄貴! 食べていいか?」
「もちろん。君のために作っておいたんだ」
簡単なもので、カレーと米があるだけだが、兎に角量がある方が嬉しい派のアクタルにとっては宝物みたいなものらしい。そう言われると、料理もできて良かったと思う。
「うめえ。兄貴は何でもできるんだな」
「君ほど植物や動物に詳しくはない」
ラーマはあらゆることを学んできたが、アクタルの造詣の深さには時折ハッと驚かされた。また、アクタルは手先が器用で、大抵のものは作れたし、絵心もある。ラーマにはないものだ。感覚的なものに関して、アクタルはラーマの予想をずっと超えている。
美味しそうにご飯を食べるアクタルを見ていると、時折、失った弟の影を見る。
まだ小さかった弟が、母が、父がいなくなった日からこれまで
――
こんなふうに笑うことはなかった。
使命とも関係がない、アクタルの前では、警察官であることも己の目的も話すことはできないけれど、ただのラーマ・ラージュでいられるのだ。決して、使命が重荷であると言う話ではない。けれど、インド人を奴隷のように扱うイギリス人に囲まれる中で、同胞を打ち倒す瞬間に、何も感じないわけでもないのだ。
アクタルの、誰もが諦めた中で子供を助けたいと必死になっていた姿に、初めて浮かんだ感情を思い出す。
アクタルの、いつだって無垢で真っ直ぐな性根に笑みがこぼれる。
アクタルといると楽しい。アクタルとの日々が嬉しい。アクタルがいればどこに行っても、何をしても、心が浮つく。アクタルに会えて、良かった。
こんな相手は生まれてこの方初めてで、どう言い表していいか分からない部分もあるけれど、アクタルは己の親友で、兄弟で、家族で、他人で、唯一で、全てで、宝物なのだ。
「兄貴は本当に食べなくて良いのか?」
「君が来る前に食べてしまって、腹が減っていない。見ているだけで十分だよ」
何と言っても、アクタルの食べっぷりはとにかく気持ちいいものなので。
アクタルと色々話していたら、日がすっかり落ちていた。普段は割と外に出ることが多いのだが、今日は天気が優れないのもあり、外出はやめておいたのだ。
「あっ、まずい、もうこんな時間か
……
」
「? 約束があったのか?」
アクタルが不意に外を見て仰天する。時間を気にしている様子はなかったが。
「いや、この時間くらいから雨が降りそうだった
……
んだけど
……
」と、アクタルが言う側から、ポツポツと外に雨の音がして、驚くほどの速さで大雨になった。
「降ったな」
「あちゃ〜〜。傘借りて行ってもいいか?」
「別に構わないが
……
」今日は弟を思い出したからか。もう少しいてほしい、という気持ちが強かった。「泊まっていったらどうだ? 君さえ良ければ」
とはいえ、アクタルの家族が心配するか。
「いいのか? 俺は兄貴の家に遊びに行くと伝えてるし、大丈夫だ」
ニコニコと嬉しそうなアクタルに、違う気持ちじゃなかったのだと分かり破顔する。
「少し片付けよう」
本を机の上や本棚に戻すのを、アクタルにも手伝って貰いながら片付けていく。窓の外からは雷の音がして、天気がさらに悪くなったことを告げていた。雨が降ると少し滅入る気も、今はそうではない。
一緒にいると何をしていても楽しいなんて、そんな誰かと出会えるなんて、思ってもいなくて。出会えた幸運に感謝する。
アクタルは、ラーマの人生に現れた霹靂であった。
その彼が、実のところ、運命の肖像であったのだと、ラーマ・ラージュは思い知らされている。
今、まさに、彼を鞭打つ手を以て、それが親友を裏切った罰だと自分を戒めることすら凌駕するように
――
コムラム・ビームは笑うのだ。
どれほどの痛みにも屈さず、どれほどの圧制にも従わない。かつてアクタルであった頃、彼がこれほど強い人間だなんて、知らなかった。
血が流れ、痛みに叫んでも、それでも笑える強さがあることを、立ち上がる美しさを、その場の全ての人を揺さぶった歌と全てを
――
ラーマ・ラージュは、生まれて初めて知ったのだ。
美しい造形だと言われていた。己の顔を褒める人間は多くあった。けれど、これまでの言葉全て、このコムラム・ビームの美しさの前ではどれほど霞むだろうと確信する。
鉄の手錠も、彼を打つ鞭も、何もかもが彼の美しさの前に意味を成さなくなっていく。
痛くないわけがない。辛くないわけがない。額に流れる汗は、苦痛と負担を訴えている。体はとうに限界を迎えている。
それでも、コムラム・ビームは歌ったのだ。その誇りと、尊厳を懸けて。
誰もがうつむき、奴隷としての生き方をしていた。逆らってはならないと、暴力で教え込まれた。けれども違う。そうではない。
それならば、一体どうして我々は胸を張って生きていられるのかと。
彼の歌を聴いて、胸が打たれない人間はいない。その姿を見て、戦慄かない人間はいない。支配の中、立ち上がり続ける、その姿は。誇り高く、屈さない、そのありようは。
――
神のかたちに、よく似ていた。
己がすべきことは何か。この美しく燃ゆる火山のような命を散らせることなのか。人々の蜂起が、全てを物語っている。誰もを立ち上がらせる男を、神が見えた人を、殺して良いのか。この世から、もう二度といなくなってしまって良いのかと。
己の親友だから。ずっと一緒に笑っていたいから。それだけではなかった。それだけならば、使命のためだと心を殺して、その幸運を手放せたのだ。それがどれだけ辛くても。
コムラム・ビームが手を伸ばす。まるで、次はあなたの番だというように。この掌に、それを誓ってほしいと歌うように。
その瞬間、有刺鉄線はただの障害になり、全ての障害は乗り越えるものになった。諦念は奮起の起爆剤となり、咆哮は勇気になった。
あの日、大ぶりの雨の前に、床で安らかに寝ていた親友を思い出す。君のことを、知らなかった。こんな一面があることを、情熱を、強さを。知らないままで愛していた。そして、それらを知った今、かねてよりもずっとずっと、愛している。
君を裏切ってしまった男が、何を言うんだと思うだろう。笑うだろう。憎むだろう。馬鹿みたいだけど、君の瞳に真の憎しみを見た時、私は胸が潰されたように辛かった。そんな目で見られたことはなかったから。勝手な話だろう。勝手な男なんだ。そうだ、ラーマ・ラージュという、やつは。
使命に生きて、村の人々以外との関わりは断っていた。決してバレてはならないから、叔父以外とは深い交友を持たなかった。だから知らなかった。気づかなかった。私のこれまでの感情の裏にあった、自分でも分からないものを、今更に知る。
嗚呼、君に出会うまで、こんな気持ちは知らなかった
――
A・ラーマ・ラージュは、コムラム・ビームを愛している!
身勝手にも、不相応にも、君が私の知らない一面を持っていたことに、怒っていたのだと気がついた。裏切られたと思っていたのは、ビームだけじゃない。私にとっても、そうだった。巻き込みたくなかったと言う言葉に嘘なんてない。あるはずがない。
それでも
――
私なら、何の使命も背負ってないかもしれない私だったなら、巻き込んで欲しかった。
君が抱えるもの、君の大切なもの、そのための戦いを話して欲しかった。絶対に裏切らない。君のために何でもする。二人なら何だってできる。兄貴、実はな
……
と話されたら、その作戦に参加しただろう。君のために、何だって擲っただろう!
それが、何でもないラーマ・ラージュであったなら。
現実は違う。ビームの判断は正しかった。私に告げるべきじゃなかった。私を信用すべきじゃなかった。私なんかを親友にすべきじゃなかったのだ。
だって
――
君は私との日々を宝物だと言ってくれたのに。
今までずっと私に嘘を吐いていたのだと言う事実に、ほんの僅か、私は怒りを抱いたのだ。
君は私を裏切っていない。君は私にいつだって誠実だった。それでも、それでも君に裏切られたのだと思ってしまった。
私の知らない、アクタル。
私が初めて知る、コムラム・ビーム。
結局のところ、その美しさに、私は今どうしようもなく惹かれていて
――
こんな君を知らないまま生きていくだなんて、どうかしているとすら思っている。
憎まれている/けれども愛している。
君を愛しているから、命を落としてしまうかも知れなくても、怖くはない。君を犠牲にして果たす使命に意味はないのだ。君がいない世界に、意味はないのだ。それが正しいことだと信じられる。父が死んで以降、これほど笑ったことも、悩んだことも、苦しかったこともない。君との絆を、この世で一番愛しく思う。
かつてのアクタルに感じていた柔らかな友愛が、今、コムラム・ビームへの身を焦がすほどの愛になる。
出会えたのが、君で良かった。君が良かった。
君が無事に生きてくれるなら、命を捨てても構わないと、そう思うほどに。
わたしはあなたに神を見る。
愛の炎
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