hinohi_no
2025-03-22 09:45:27
7770文字
Public 九龍城砦
 

わたしのかわいい子/洛信

なんてったってラブコメ


 扉を開ければ、すやすやと眠る愛し子がいて、息をついてそのベッド脇に座った。
 ひどく疲れた。夜を幾分も回り、多くの敵を倒した日はまだ引退できないかなんて思う。城砦を巡るあの戦いからもう随分経つのに、あれから始めてしまったタバコをやめられなくなった。どこかの悪い男のせいだ。
 パーマで柔らかくうねる黒髪を、指でなぞる。兄貴のためなら何でもする、と笑う子は――どんどん成長していき、今ではすっかり青年になった。あんなに小さかったのに。お前に子育てなんてできるのか、と心配していた虎の言う通り、己の生来の性分は、自由気ままな風であることだった。
 けれど、秋の妻子が殺され、虎の目も奪われ、泥沼と化した戦いの中では、もう自由なだけではいられない。愛した友に手をかけて、龍捲風は頼まれたはずの子供を手放した。
 あのこはどうしているのだろう。そう思うことも罪深いだろうか。己が父を殺さなければきっとここにいた子供の義父は本来、自分であったはずなのに――責任を全て放り出して。
 だから、だったのだろうか。信一を育てると決めたのは。今となっては良く分からない。
 ただ、信一が笑いながら、兄貴と慕い駆け寄ってくる瞬間。勉強を頑張って、帳簿をつけ集金をこなすさま。傷ついてボロボロになって、誰にやられたと聞くと「兄貴にやり返してほしいわけじゃない」と言う、強がりなところ。全て、忘れられない思い出なのだ。
 分かってはいても心配する。手を出したくなってしまう。お前の行く道の石を勝手に取り除きたくなって、何度もそれを押し留めたなんて、知らないだろう?
……兄貴?」
 髪を撫でていたら、起こしてしまったらしい。信一がこちらを見て、寝起きでぼうっとしながら、額に当てている手に顔を擦り寄せた。
「おかえり……
 小声でそう呟く信一に、静まり返った夜は何の音も返さない。また頭を撫でていると、とろりと瞼が落ちていって、信一の寝息が静かに響き始めた。
 
 九龍城砦は居場所じゃない。道に迷った人間が、立ち上がるまでの寄る辺であると、龍捲風は思っている。
 けれど、自分だけはここで生きて死んでいく。それが、この地に流れた血に報いることでもある。
 そう、思うのに――それでも。
 城砦がなくなったら、兄貴と俺で何をしようかと笑うこの子が、ずっとずっと幸せであることを望んでしまう。悲しいことなど無ければいい。緩やかに死んでいくことを受け入れている自分に呆れ返るほど矛盾した感情で、己は信一が大切だ。疲れた日には顔を見たいと思うくらい。
 わたしにとっての幸いは、きっとこの子の形をしているのだ。
 どうしたって過去に囚われたままの己には眩しすぎる、この愛らしい息子が元気に生きていってくれることを、龍捲風は願っている。
 愛しているよ。
 口に出さず呟いて、布団を掛け直す。
 うつくしいくらい、しずかな夜だった。

    

わたしのかわいい子