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hinohi_no
2025-07-20 22:40:22
3903文字
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九龍城砦
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ゆるされるまで愛させて!/洛信
許可を出したら一直線の男と、照れ抜く男
城砦の申し子、龍捲風の右腕、藍信一はため息をついた。のみならずため息を吐き、そわそわと視線を彷徨わせている。
その様子があまりにも面倒だったので、四仔と十二は一度だけ目配せをし、双方の諒解のうえ
――
何にも言わずに流すこととした。
「それで暑い日は何食うんですかって虎兄貴に聞いてみたんだよ」
「フゥン」
「バターだって」
「確かに塗ってもいい匂いするもんな」
「ごめん訳わかんねえ話するのやめてくれねえ!?」
耐えられず思わず突っ込んだ信一を、二人一緒に見つめて三拍沈黙を落としたのち、「じゃあ今度城砦かくれんぼドッチボールしよう」「俺は鬼ごっこ羽付きがいいと思う」と話題を変えた。
「どっちも不可能な感じすごいだろうが
……
! そうじゃなくて、俺の」
「不可能とか言うなよな! 子どもが泣くだろうが!」遮って十二が机を叩き割った。
「俺が悪かったです! だから聞いてくれねえ〜〜!?」
なんか正論で返ってきたら謝るほかないし、兎角話だけでも聞いて欲しかったので率直に懇願をする。十二も久々に幼馴染に真っ直ぐねだられて、悪い気はしない。この後どれだけくだらなくて面倒な話が待っていても、まあ聞いてやってもいいかな
……
くらいは思ったりする。十二坊ちゃんは鼻の下を擦った。
「ったく
……
しょうがねえやつ」
「俺は帰る」
「待て待て待て待て四仔」信一にしがみつかれ、十二にはそっと道行を塞がれ、思わず舌打ちがこぼれた。さっきまで一緒に流すモードに入っていた十二も所詮は黒社会。フルーツに砂糖をかけるような言語道断クソ野郎にすぎない。
「四仔だって俺に普段世話になってるだろ? ほら
……
いろい
……
いや、嘘、止まらない
……
!?」
信一にしがみつかれても四仔には無敵の筋肉があった。たかが城砦腰細チャンピオン信一、軽すぎて欠伸が出る。抵抗虚しくずるずると引きずられ目を剥いているのは無視し、医者は全力でこの場を離れようと足を進めた。黙っていられないのは竜巻と呼ばれた男に蝶よ花よと愛されて育った子ども(推定三十歳)である。
「クソ
……
こいつ、かわいい俺のおねだりを圧倒的に無視して
……
!」
「たか信」
「たかが信一すら横着しやがって
……
もう絶対許さねえ、十二!」
「応! スイカには砂糖だよな!」
「塩に決まってんだろイカレ野郎! 四仔の脇とかくすぐれって」
なお四仔はスイカには何もかけない。そのまま食べるのが一番美味い派に属している。
四仔をくすぐることを命じられた十二は、少し照れくさそうにして、それから「じゃ
……
マンゴーに砂糖ね」と笑った。何を言っているかさっぱり分からん。今すぐ俺をこの場所から解放してくれ。
「ぐうう俺の話を聞け〜〜!」
「い・や・だ・ね
……
!」
力と力の一騎打ち。すなわち、信一の敗北しか存在しない。しがみつく腕を力づくで剥がそうとしては巧みに抵抗される。こいつ、どこで器用さを発揮しているんだ。しかしずるずる引きずられるのはウェイトの差である。必ず負ける勝負に、クソ黒社会はその場で叫ぶという暴挙に出た。
「洛軍と手を繋ぎたいんだって
……
!!」
「四仔、六階の婆さんを見なかったか」
――
そして、ちょうど闖入者は現れた。洛軍である。
「
……
」
「
…………
」
「
……………………
」
「
…………………………
」
洛軍の視線から全力で顔を背け目を逸らした。四仔があまりにも聞いてくれないのでつい、この世全てに響き渡りそうな大声で欲望をつまびらかにしたのは確かに俺であった。だが原因は絶対聞かないマンだった四仔の気がするし、もちろん突き詰めれば素直になれない自分である。天を仰ぐ。ちょっと泣きそう。
「ここはひとつ、聞かなかったことに
……
」
「っしゃ、城砦中に流布させるぜ! 十二坊ちゃんに任せな!」「患者全員に伝えておく、安心しろ」
「うるせえこいつら〜〜!!」
面白いことになってきたと爆速で弄り出す二人を尻目に、洛軍は信一を見つめている。そりゃそうだ、見るよな、だってお前の話してたもん。話せってことですよね。分かってるけど目を逸らしたい、己の痴態から。
「
……
」
「
………
」
「
…………
」
感じる、強めの圧を。
「なあ、洛軍が無言で信一にちょっとずつ近づいてるように見えるんだけど、あれ何? 怪異?」
「そろそろ肌が触れ合うな」
「おおっと信一選手、全力で顔を逸らし続けていますね」
「洛軍も負けてないぞ。そらされた視線の先に回り込もうとしている。いい動きだ」
「器用な信一選手は目を合わせないまま部屋を出ようとしていますが、かなり格好悪いです」
「当然だが洛軍に出口を塞がれたな。どうするんだ?」
どうもこうもない。洛軍との距離は息がかかるほど近い。限界だ。逃走をやめて立ち止まり、のろのろと視線を彷徨わせる。
一瞬で、目があった。
――
さわっていいかと聞かれて、あっけらかんと答えるつもりだった。洛軍の長い期間をかけての告白にちゃあんと折れたのは俺であり、はいはい負けたよ分かったよ。俺もお前が好きなわけ、と認めさせられてそうなった。だったらこれは道理である。
そうだよな、さわったりしたいよな。
付き合う前はいくらでも触っていた。それこそ、熱く再会を祝し手を握ることだってあったわけだ。なんてことはないと、その時のことを思い出す。
洛軍の、皮膚の温度。
あたたかな肌が、かさついて硬い手のひらが、俺に触れると言ったって。体をなぞり、皮膚を滑り、この体に意図を持って触れたって。筋肉と骨ばった体全部に抱きしめられるようなことがあったって
――
いやあ全然大丈夫、とは。
なんと声は紡がなかった。
ばかりか、想像するだけで倒れそうになった。
それで、すっかりボスも板についた立派な黒社会の男は急に縮こまり、こう答えた。
「
……
ちょっと、待ってもらっていいか?」
それから、二ヶ月が経った。
結論を述べると信一は二ヶ月間照れ抜いた。同時に、あんなこと言わなきゃさっさと触ってもらえたのにと後悔した。あの瞬間なら、おそらく問答無用の勢いだけで乗り切れた。二ヶ月も経ち、確かに心の準備はできたけど、今度は許可を告げるのが恥ずかしい。洛軍のとろける愛の眼差しは、いつも信一の体温を少しあげるもので。
触っていいぞ。今がチャンスだ。流石に二ヶ月経ちましたよ。
言い方はいくらでもあるが、口にするには勇気が乏しい。
色々あるけど陳洛軍。同意がなければ何もしない、非常に良い男である。
それでついに我慢の限界に達し、対する藍信一は情けない限りを尽くしている。
「つまり、触っていいのか?」
洛軍の顔を見る。
とてつもなく愛おしいものを見たときみたいに目を細め、笑っているので敵わない。
「
……
ま、まずは手から
……
だろ」
「まずは手、だな」
ぎゅう、とあたたかな体温が手にふれて、思わず悲鳴をあげそうになった。待って待って待って待って、指の先まで鼓動が響く。俺の胸が弾けそう。
指先をつままれて、付け根をゆっくりなぞられる。手の甲に浮き出た骨を撫でていく、無骨な指。ゾワゾワする、何これ助けてどうしよう。
「っふ
……
」
手のひらに洛軍のものが這う。ゆっくり、優しく、じわじわと。手の甲よりずっと皮膚が薄く鋭敏なのだと、今日初めて知った。タコで固くなっている場所もあるはずなのに、それよりもビリビリした感覚が強いなんて。
「ろ、洛軍、ん」
「
――
手は、いいと言ったろ?」
「言ったけ、ど」
伸びすぎていない爪が、イタズラみたいに引っ掻いてくる。ちっとも痛くない、むしろくすぐったいくらい。
「ぁ、う」
「いつまでも待てる」
失った指の、付け根まで。
いいと言った場所には遠慮のない触り方は、許可さえあればなんでもするのではないかと思うほど洛軍の欲に満ちていた。その証左、あいのこもった声が響く。
「信一。次は
――
どこを許してくれるんだ?」
限界だった。
耳まで真っ赤になって、手を引っ込める。口からは「今日はここまででお願いします」という懇願が流れるように出ていた。我ながら情けなさすぎるが、背に腹は代えられない。いいと言ったら、今夜にでも骨の髄までしゃぶり尽くされる。その予感が絶えずある。
「分かった、今日はここまでだな。じゃあ、また」
洛軍は非常に満足そうな面持ちで、さっさと出て行った。六階の婆さんはどこに行ったんだ。
熱のこもった体はあてられたみたいにふらついて、熱くなりすぎた顔を手で覆った。こんな、こんなに、すごいなんて。
「
……
聞いてない」
――
こんな話は聞いていない。手を繋ぐから始めただけで、ここまでなるなんて。誰が想像できるんだ、あの男の太々しさを。
「よかったな、手繋ぎたかったんだろ」
「クソ黒社会。人を巻き込むなよ、二度と」
「二人とも
……
」
ぽん、と十二と四仔に肩を叩かれ、感謝を告げそうになる。よく聞いたら四仔は全然罵っていた。もしかして俺って舐められてる?
「
……
」
「
……
なんだよ」
十二の手が肩から離れない。流石に聞けば、珍しく言葉を選びながら、馴染みの若頭はこういった。
「
――
まあ頑張れ。死なないって、多分」
「多分ね!?」
その一日中上機嫌すぎてあらゆる住人にいいことあったかと聞かれた洛軍は、満面の笑みでこう答えていた。
ああ、あった。恋人が可愛かったんだ。本当に、どうしようもないくらい。
勿論雷の早さで洛軍の幸せな話は城砦を駆け巡り、あっという間に信一に届き、"次"はきちんと遠のいた。
遠のいたが、永遠ではなかった。
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