hinohi_no
2025-04-28 08:00:30
4673文字
Public 九龍城砦
 

生きるように踊れ/九龍城砦

十二と信一の息のあったバトルを見たい話。ダンスのうまい男たち。


これからは、歌とダンスだ!
高らかに宣言する信一は、カラオケの機械とダンスで儲けるんだと笑っていて、十二は「歌いながら踊るのか?」とソファから立ち上がった。一旗あげたいと誘っていた十二だが、黒社会の仕事でなくても儲かるならそれはそれで興味があるらしい。
「そう、歌うのも踊るのも楽しいだろ? 楽しいことが嫌いな奴はいない」
信一の嬉しそうな声は、思案にふけりそうな洛軍にも笑みを浮かばせる。城砦が取り壊されること。己がどこにいきたいか。どうしたいか。そんなことを考える中で、嘘みたいに明るくて、衒いなく、無邪気にその後を語る信一には温度差も感じた。でも嫌な類のものではない。
洛軍の人生において、こんな穏やかな時間は初めてだ。これまで欲しいと思ったこともない。ただ生き抜いて、そのために金が必要で、ずっと立ち止まる時間がなかった。願いというにも憚られるほどの心のどこかで、切望していたもの。
俺はどうしたいのだろうと考える狭間に、滑り込むように声は染み渡る。
「ほら、十二」
信一が立ち上がった十二の手を掴んで、音楽に合わせて踊り出す。めちゃくちゃな動きだ。でもリズムにはあってる。おわ、あ、おい、と文句を最初だけ言った十二は、すぐに旋律に耳を澄ませて信一の動きに合わせ出した。ステップ、ステップ、離れてターン。くるくる回された十二は、意趣返しのように音楽に絶妙に乗って、信一の腰を引き寄せる。
「ナイスリード」
「まだまだ」
体を互いに離し、タン、タンと拍を踏む音楽に乗って二人は踊る。信一が楽しそうに手を叩けば、十二も裏拍をとる。とんでもなく運動神経とリズム感がある二人を、洛軍はただ眺めるばかりだ。息がぴったりあっている。きっと店をやったら繁盛するだろう。二人でステージの上で歌ったり踊ったりするだけで、どれだけの人が入るか分からない。そう思わせるほど、信一と十二は持ち前の反射神経だけで動きを合わせられていた。
「洛軍!」
突然、音楽の節目に信一が座ったままの洛軍の手を掴んだ。十二も四仔を立たせている。いや、俺は、とモゴモゴしそうな洛軍に、信一は適当に体を揺らして笑いかける。
「エスコートしてくれよ」
手のひらを繋いだ信一が、あんまりにも嬉しそうに言うものだから。無理に断るにも気が引けて、その動きに合わせる。流れる音楽はサビのメロディに達している。四仔は十二の動きに合わせてちょっとだけ動いてやっていた。なんだかんだでノリも良い、本当にいいやつなので。
「わはは!」
手を繋いだまま、くるくると回る。視界は回って流れていく中で、信一だけがよく見える。洛軍にとっては充分すぎる時間だけど、それだけだ。十二と合わせている時のような、人が見るのに耐えうるものではない。
なのに、信一は心底嬉しそうに笑った。
「楽しいな〜〜!」
「そうだな」
こんなこと、初めてした。居場所なんてどこにもなかった陳洛軍の人生に、煌びやかな宝物が増えていく。
何度も繰り返されるフレーズに、洛軍も踊りながらなんとなく口ずさむ。それを聞いた信一は顔色を変えて、お前マジで歌手になった方がいいと言った。

ちなみに、盛り上がってきた四仔は十二とアクロバットに踊りすぎて、普通に机を破壊した。





視界に刀が入って、のけぞって避けようとするも胸に一線の傷が入る。ネクタイを持って行かれた。痛みよりもその攻撃の鋭さに顔を顰めた瞬間に、背中を蹴り上げられた。
「がっ……!」
宙空に上げられてしまうと避けようがない。その瞬間に十二が前門の刀使いに切り掛かった。金属同士のぶつかる音。地面に背中から落下して息が詰まる。起き上がる間も無く、四仔が後門の拳術使いに殴りかかって全部いなされる。洛軍が拳術使いの背後からその体を押さえつけようとするも、刀使いが十二の背中を切って洛軍に襲いかかる。
――くそっ……!」
大陸から来た刀と拳術使いの兄弟が九龍城砦を狙っていると聞いていたのは、先日のことだ。もうすぐ取り壊しにも関わらず何が目的だと探ってみれば、香港黒社会での地位確立で、それこそ狙いは信一と十二だった。確かに二人まとめて片付ければ、この辺りでどれだけでかい顔ができるか知れたものではない。特に城砦は手に入れるも同然である。
息がぴったりと合った兄弟の攻撃には隙がなかった。薄皮一枚切られた胸を抑えて立ち上がる。十二も右足を引きずったまま刀を握り直した。
「弱い弱い、お前らを倒した後は、虎退治と行こう」
――は?」
男の言葉に返すよう、低い唸り声が隣から発せられ、一気に殺気が増す。
「十二、闇雲に向かっても……!」
洛軍が叫んでも、すでに遅かった。十二の足が一歩前に到達する瞬間には、兄弟が左右から刀と足で挟み撃ちだ。拳術使いの足の前に滑り込んで、腕で防ごうとしたが耐えられず衝撃が頭まで響く。
「ぐ、あ」
ぐわんぐわんと頭が揺れて、その間に顎に膝が入った。地面に倒れたのか壁にぶつかったのかすら分からず、それでも立ちあがろうとした瞬間、右手を踏まれた。刀使いの方だ。まずい、と右手が固定されたまま頭上から降ってくる刀を転がって避ける。地面に刺さった勢いは、そこにいたら腕ごと切断されていたと想像に難くない。
「ぎ、あっ……!」
腕を引こうとするが、骨まで潰すほどの強さで踏まれている。寝転がっていては力が出ない。下半身だけ持ち上げて腹に力を入れて引き抜いた。指の甲の骨が粉砕しているだろうが、それどころではない。引き抜いた勢いが余って背後に倒れこみそうになったが、洛軍が背後に来て信一を支える。
その間にもコンクリートの刺さった刀が引き抜かれ、まだ視界がぶれている信一にはとても避けられそうにない。拳術使いが背後の洛軍の背中に掌底を放ち、その威力が信一をも貫いた。
「がっ……!」
直撃の洛軍は意識を失って、信一はとても動けない。今度こそ刀に貫かれるとよぎった瞬間、ばかでかいハンマーが刀を止めた。
「クソが、ぶちのめす……!」
口汚く叫んだ四仔のハンマーを受けて折れない刀にこそ、信一は眼を瞠る。ただの刀じゃないが、それ以上に使い手が強すぎる。受けた衝撃を全ていなして、刀の側面で四仔の脇腹を強く打った。
「ぐぅっ……!」沈み込んだ四仔の首元に、刀があてがわれる。
「黒社会に与するもの以外は殺さない――が、庇うなら容赦しない」
「っ……洛軍も四仔も、黒社会じゃない!」
叫んだ瞬間、下がってきた十二と目があった。その目は二人だけでも逃すぞと言っている。そうだ、せめて二人は逃さないといけない。狙いはあくまで信一と十二だ。洛軍も直撃の掌底が効いて胸を抑えており、まだ使い物にならない。
刀使いは俺の叫びを聞いて、四仔の頭部を殴打して打ち倒す。殺す気はないという言葉に嘘はない。
「俺の首が欲しいんだろ」
「虎兄貴の元に行くなら、俺を殺してからだ」
二人で止める。止められなければ死ぬだけだ。は、は、と息をしながら相対する。翻弄されっぱなしの今までは忘れろ。深呼吸をひとつ。今までは、四人でかかっていても一対一だった。連携ではない、個々の戦い。だから1+1に勝てない。なら。
――十二。ダンスだ」
……は?」
ポカンとしたのはほんの一瞬で、信一がステップを踏むように一歩前にでた瞬間、十二も同じように動いていた。息がぴったりで、連携が取れていて、一人では敵わない相手。
こっちだって、同じくらい仲はいいんだよ!
ステップ、ステップ、止まって引いて、代わりに出た十二が刀で相手の刀を弾く。そこに拳術使いが来る前に、十二が俺の手を引く。片手を繋いだまま、バタフライナイフと刀を息吐く間もなく叩き込んで!
「なんだこいつら、急に……!」
そっちが生まれた時から知ってる血のつながった何かなら、こっちは十三の頃から知ってる義兄弟だ。十二がどう刀を振るうかなんて目を瞑ってたって分かる。俺のバタフライナイフの軌道なんて、十二なら息をするように理解する。十二の右足を俺が蹴飛ばし、その体がグルンと回った。予想の外だったのか、動けなかった相手の体にふるった刀によって赤い線が走る。
「ぐ……!」
こいつの運動神経を舐めるな。筋肉のついたしなやかな体が着地する。足が一本動かないからどうした。虎兄貴を殺すと言われて――全部かなぐり捨てた獣の殺意を、少しも分かっていないようだから。
繋いだ手を離す。十二が獲物の喉に飛び掛かる。十二の投げた刀が、男にはじかれるのを見届ける前に、信一が投擲したバタフライナイフを十二が振り向きもしないでキャッチした。
――終わりだ」
獣に喉を捌かれて倒れる奴らを尻目に、立っていられなくなった信一の体も背後に落ちる。

ああもう、いい天気。頭ぐらぐらで体中全部痛くて血まみれで情けない。青くてならない空を倒れたまま眺めていたら、洛軍がひょっこりと視界に入ってくる。立ち上がれるようになったのか、と言おうとしたら四仔も青空を阻むように視界に入る。
「負ける時は一緒だろう」
「お前らが突き放すなら、こっちだって突き放すぞ」
どうやら怒っているらしい二人に、あー……と横を見ると、十二が座り込んでいた。ぎらぎらとした瞳から、友人二人に怒られる普通の男に戻っている。俺が蹴飛ばした足はちゃんとダメージがあったらしく、しばらくは立ち上がれなさそうだ。仕方なく、信一は口を開く。
「今回は二人で勝てる相手だった」
「嘘つけ、最後だって危なかったぞ」
……あー……」十二を見る。足を指差してニッコリする顔にこっちは許してくれてないらしいと観念した。無茶振りと手荒なことをした自覚はある。
どうしようかな、と思うけれど、洛軍が手を伸ばしてくるから、許されてはいるのだろう。その優しさに甘えて手を伸ばす。立ち上がって、まだ安定しない視界で転びそうになるのを、逞しい腕が支えてくれる。
「大丈夫か?」
……はははっ!」
まるでダンスだ!
俺がはじかれたように笑うのを、洛軍は呆気に取られて見つめ――それから、眉を下げて笑った。
「エスコートさせてくれ、たまには」
「ん? んー、頼んだ」
その体に支えられてフラフラと歩き出す。時に止まって、時に体を預け、ビリビリと痺れる右手の痛みを、堪えながら。
「また踊ろうぜ、洛軍」
気があって息も合う、十二とも楽しいけれど。
「お前がそういうなら」
辿々しくも頼りになるその腕に抱かれると、不思議なほど安心する。生きる居場所を何度となく奪われてきた陳洛軍にとっても、あるいはそうであると良い。こんな黒社会の争いに付き合ってくれる優しくまっすぐな友人の生きるよすがに、ほんの少しでもなれたならば。
一度洛軍のよすがになった人は死んでしまった。信一のまるごとだった人でもある。その喪失を互いに抱え、こうして肩を組んでいる。もう二度と笑えないと思っても、一緒になって笑い合って。
微かに振り向けば、四仔に肩を借りて歩く十二と、お人好しのお医者さんの姿。どちらも大事な友人だ。
どこまでも青い空を眺め、信一は目を細めた。誰より愛する人に、まだまだ頑張るよと呟いて。まだ、もうちょっと、あと少し――いいや、存分にもがいてから。あなたに胸を張れるように生き続ける。この男と一緒に。仲間たちと一緒に。


だから、地獄で会ったらさ――兄貴。
俺と、一曲踊ってね。


[chapter:生きるように踊れ]