hinohi_no
2023-07-26 23:56:57
2073文字
Public インド映画
 

そして、あなたのかたちを思い知る。/KGF

ワナラムにとってのロッキーの小話。

アナンド・インガラギはペンをとる。カメラを撮る。資料を収集し、調べ、書いて、書いて、聞いて、書いて、駆けては書く。髪も髭もボサボサで、一心不乱に部屋中に資料を貼って――ロッキーの人生を証明すると決めた。
誰も認めてくれない不条理な世界で、アナンドを認めてくれたのがロッキーだった。正しいものも悪徳も誰かを踏みつけにしていく世界で、ただ一人美しく生きた皇帝がロッキーだった。
あの人のことを思うと涙が出る。あの人のことを知ると誇らしい。
生きたロッキーを知る人間全員に会いに行った。ロッキーの全てを知って、このペンで記す。あの日、ロッキーが自分に全てを与えてくれたように。自分の目で見て、聞いて、調べて、あなたのかたちを忘れないように記すのだ。あなたは生きていた。
「お前と俺は旅をしている」
その旅は、ロッキーがいなくなっても続いていく。アナンドが忘れない限り綴られる。
自分の人生はそのためにあったと、そうアナンドは信じている。


「ワナラムにとって、ロッキーはなんだった?」
アナンドの調査は、既知の人間に対する徹底的なインタビューの繰り返しでもあった。KGFで過ごした時間はアナンドにとって一分一秒が奇跡で永遠だった。その永遠を作り上げたロッキーの軌跡を、多くの人間から読み解いていく。KGF奪還にあたって、ワナラムの証言は適切だった。
……KGFは、俺にとってのすべてだ」
質問とわずかに異なる答えに、アナンドは顔をあげた。寡黙で冷静、有能で知的。それがアナンドの知るワナラムだ。口数は多くないが、喋らないわけじゃない。
ワナラムがかつて敵であったことを知った時、驚くと同時に納得もした。彼はKGFを愛しているし、愛しすぎてもいる。かつて悪魔の統治がなされていた時も、彼は変わらなかった。KGFのために全霊をかけていた。
「チェスはキングをすげかえても続くゲームだと、ロッキーは言った。その通りだ。だが、王ではないものに付いていくほど、俺は愚かじゃない」
どこぞと知れぬ野良犬がKGFを引っ掻き回して崩壊させるなら、ワナラムはいつだって寝首をかくつもりでいた。
ただ、とワナラムの視線が手のひらに落ちた。多くの奴隷を搬入し、地獄で管理し続けた悪魔。殺すべきだと誰もが言った。
その中で。
「あの日渡された銃の重さを、覚えている」
捕まえたばかりの敵であったはずの総司令官だ。鎖を外して弾が入った銃を渡すなんて正気の沙汰じゃあなかった。
けれどそれは、アナンドのよく知るロッキーだった。彼らしいとすら思う。彼は己に記事を書くための全てを与えた。糾弾し、告発するために現れたにも関わらず、共に旅をする仲間だと言ってくれた。正しいことをしても、正直であったとしても、誰も、アナンドを顧みることはなかったのに。
ロッキーに友はいない。でも、彼は己を慕うものを裏切ることはない。敵であったものですら、基本的には殺さない方針なのだ。その行為が一線を超えていない限り。
「ロッキーは神ではない」
――
握り込む拳を見つめながら、ワナラムは目を閉じる。彼は神、あるいは皇帝だった。アナンドの知る限りは確かに。
信仰の失われた世界。善も悪もない場所。悪魔に鉄槌を下す彼を、誰もが神と――否、神よりも崇めた。それでも、ワナラムは静かに語る。ロッキーの人生を、近くで見た人間の一人として。
「俺の神じゃあない。ただ」
敵であったワナラムをいとも容易く懐に入れて、銃を渡し撃たれるかも知れないと当然知りつつもタバコを蒸していた、姿。
欲は進歩だと言い切り金鉱の秘密に華々しく切り込んで、仕事をしていた彼の欲の源泉。
まるで生まれた瞬間からKGFの王の座に着くことが決められていたと言われても、きっと誰も驚かない。
このKGFは、ロッキーのためにあった。ロッキーを待っていた。ロッキーと終わる運命だった。
「あれはロッキー。KGFそのもの、ただ一人の怪物、誰もを魅了し誓いを果たした、俺の」
続く言葉に想像がつき、目を瞠る。ワナラムのその言葉は。その意味に思い至って、アナンドの唇が戦慄く。寡黙で冷徹で知的なこの男ですら――どうしようもないほど。
神ではないと言いながら、たった一人を指すその言葉。

――俺のKGF。

……もし、ロッキー以外の誰かが支配者になった時、あなたは受け入れた?」
「ガルダのように? は、馬鹿を言うな」
二度あることは三度ある可能性だってあった。けれど、新生KGFに神はいない。皇帝も、支配者もない。
「ロッキーの代わりなんていない」
分かっているだろうとワナラムは僅かに眉を下げた。分かっていた。ロッキーは一代限りの化け物で、どんな神だってその姿に似てはいない。
「だからお前も、そうしている」
どんなことがあっても、人の思いだけは消すことができない。
ワナラムの愛したもの。ワナラムの全て。そして、現に今、アナンドの人生のすべてであること。
この世界でたった一つの世界。
ロッキーというかたちをした、エル・ドラド。