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hinohi_no
2023-04-02 20:12:14
10238文字
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ザファ
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春よ。
ザファ。宮城の「生きてて良かった」を何度でも聞きたい話。10230字。
生きることは、生きてるものの特権だ。
「宮城、ベロンベロンじゃねーか」
何かを言われたが、返事をするのが面倒なので無視をした。
ふわふわした心地がしているので、そちらに身を任せるのが気持ちいい。シークワーサーハイを混ぜ続ければ、隣の誰かが俺のコップを何かと交換する。
綺麗な色が付いていたから気に入っていたのに、代わりに渡された飲み物は透明である。色がついててほしいと抗議をしたけれど聞き入れられず、仕方ないので口に含んでからブーイングした。
「
……
美味しくない
……
酒飲みたい
……
ひどい
……
」
「いや誰がここまで宮城をベロンベロンにしたんだ」
低い声が頭に響くのに抗議するようにかぶりを振り、喋っている人を見る。誰だっけ、というには失礼だろう。三井サンだ。俺の酒を没収したのもあの人の手だった気がする。関節がしっかりした、それでも指先まで綺麗な手。
「三井サンさ。なんで、俺には飲ませてくれないわけ」
「リョータ、ほら水ちゃんと飲んで
……
」
「えーなんでヤスも俺のこといじめるんだよ
……
」
「オメーがめちゃくちゃ酔ってるからだよ」
ベロンベロンと言われても。
久々に元湘北高校バスケ部で集まって、みんな成人おめでとう酒解禁記念としてお酒を飲み始めた最初あたりは、楽しかった記憶がある。ヤスもダンナも三井サンも花道も流川も揃っているのはめでたいことである。
一年勢の花道と流川に合わせた解禁パーティーとはいえ、宮城を含めた上の世代はとうに解禁済みである。しかし、別に飲酒が日常に組み込まれているわけではない。ないが、酔っ払うほどの量じゃなかった。水とちょうどよく飲んでおけば。
不味かったのは、確かワインが出て来たあたりだ。飲み合わせやら食い合わせが悪かったのだろう。誰かが無理矢理飲ませたとか、俺が飲みすぎたとかいう話ではない。仕方ないことである。
なので、誰が悪いわけでもないことを宮城は理解しているものの、その説明をしてないので勝手にめちゃくちゃ酔い始めた人間に分類されている。
酔いは普段の理性をすっかり飛ばし、眠さとふわふわの世界に招待される。
久々だなあ、このメンバー。
折角なので、隣の相変わらず整っている顔立ちとバランスのいい肢体に艶やかな黒髪で人気を占有している流川に寄りかかって、ずっと気になってたことを聞いてみる。散々モテ尽くしているが全く興味がなさそうなので。
「るかわってさ、好きなやつとかいんの
……
?」
「なんで恋バナになるんだよ」
何故か三井サンにストップをかけられたので、頬を膨らませて、じゃあ、と反対側の花道の背中を指でなぞる。出会った頃のトレードマークだった赤のリーゼントは鳴りをひそめ、すっかりバスケットプレイヤーだ。それでも赤だけは残っているけど、花道のために生まれた色かと思うくらい似合ってるから。
「はなみちの怪我、すっかり治ってよかったなあ」
「リョ、リョーちん
……
! くすぐったいが
……
⁈」
「背中でっかい
……
体格がいい」
「ええい、不純同性接触はほどほどにせんか!」
「にゃー⁈ ダンナの意地悪っ
……
!」
首根っこを掴んで来たのは赤木のダンナで、こうなってしまうと自由に後輩を可愛がることは難しい。理性がとろけたおかげで、普段はなかなかできない後輩可愛いの気持ちが爆発しているのに。
あ〜〜もっと撫でたい、触りたい。
「横にさせた方がいいんじゃないか?」
心配そうにしてくれるのは木暮先輩で、良心の権化のような人に恥じない発言である。嬉しくなってダンナの太い腕からすり抜けて、木暮先輩の膝に懐く。
「うーん
……
猫みたいだな
……
」
「宮城、コラッ貴様
……
!」
「まあいいだろ赤木」頭を撫でられると気持ちいい。木暮先輩まじ木暮先輩。
無言の流川がそっと近寄ってきて、「撫でていいスか」なんて聞いてくる。おいおい、先輩を撫でたいなんて、そんな不届な
――
可愛い後輩の頼みを断るはずがない。
「ん〜〜
……
」
ゴロゴロと喉を撫でられて、流川をもっと撫でてやりたいな欲がむくむくと肥大する。撫でられるのも好きだが撫でるのも好きだ。思い立ったが吉日で、居心地が良すぎてホームになりそうだった木暮先輩の膝から根性で体を引き剥がし、流川の頭を撫でる。昔から艶やかで少し長前髪も含め、流川の髪型は変わっていない。こんなにうつくしい顔をしているくせに、本当にそれらに興味がないのだろう。バスケのことだけ生きて考えてきた天才が、撫でられると心地よさそうに目を細めるのだから
――
腹の底から思ってしまう。
「
……
かわいいやつ」
「リョーちん、キツネに騙されてるぞ
……
可愛いワケが
……
⁈」
「お、なんだ? はなみちも撫でてほしいのか〜〜?」
ウリウリと流川を撫でていない方の手で、赤い頭を撫でる。喧嘩ばかりしているけど、力を合わせたら最強の後輩たちだ。どっちも同じように可愛がって然るべきだろう。
部長になってから、後輩の成長は見ているだけで嬉しかった。鬼キャプテンとして怒ることもあったけれど、花道はそんなことにめげる男じゃなかったし、時折「天才なんだろ、問題児」と言えば、思い切り頑張ってくれた。バスケが大好きな花道。バスケに捧げてきた流川。俺自身、アメリカに行ったりして、この四年間は怒涛の日々だったけれど、その間もずっと、流川や花道だけじゃなくてここにいるみんながバスケが好きなままだ。
それなりに辛くて大変な日々だったけど、バスケを続けてて良かったと思うあの日から、その気持ちが変わったことはない。きっと、苦しみながらバスケを再開した三井サンだって、今も続けているのはそういうことなのだろう。バスケが好きな人たちに囲まれて、笑い合える今みたいな瞬間に、ふと、思うのだ。
「
――
生きてて良かったなあ」
人に遠慮なく触れることがあんまりないから、肌が触れること自体が心地いい。その心地よさにつられて溢れた言葉ゆえに、口にした自覚もあまりなかった。
「
……
リョータ?」
ヤスがびっくりした声を上げた。その時初めて、音の葉にしていたことに気づく。酔っ払いの戯言だって流してしまえそうなものなのに、ヤスは優しい人間だから。
「いや
――
ほら
……
あの時死んでたら、楽しいことも嬉しいことも、全部逃してたんだろうなあって
……
それだけ、だよ」
悪い、びっくりさせて。とろけた頭でも申し訳なさだけはちゃんと沸いて、流川と花道の頭を解放する。ヤスは俺が事故にあった時にお見舞いに来てくれたから、死にかけたことを知っている。他の奴らは三井サンとの喧嘩で入院していたと思っていることに頭が回らなかった。
「あの時って、事故の?」ヤスの視線が厳しくなる。俺が悪酔いしているだけだが、ヤスはもしかしてザルなのでしょうか。こちとら頭がフワンフワンだけど? 事故の時かと聞かれたら
――
勿論あれだけのはずがない。
「えっと
……
あーでも
……
数えきれねーな。なんどもなんども、全部いやになって、死んじまおうかなって思ったから
……
」
この世界から消えてしまいたい。
ソーちゃんにひどい言葉をぶつけたこと、ソーちゃんのように強く優しくあれなかったこと。全て己が情けなくて、いくらでも嫌いになれた。
バスケットボールの硬い表面を撫でた感触が、ドリブルした時の強い感覚が、パスを受けた時の手のひらの衝撃が、生きることを支えてくれていた。
それでもバスケのことだけ考えて生きてこられなかった。本気でバスケに打ち込んでこなかった。支えになってくれたもののことを、死んだっていいくらい大事にはできなかった。
だって
――
それはソーちゃんのものだ。
「インターハイも、俺じゃなくて
……
ソーちゃんの立つはずの舞台でさ」きっとすごかっただろうなあ。ソーちゃん一人で何点取っただろう。めちゃくちゃカッコ良くて最高だろう。ニコニコと話しながらビールを飲む。舌に残る苦さすら、ソーちゃんの話をする楽しさが勝り気にならない。「俺がこんなふうに楽しく生きてるの、本当はダメかもしれないんだけど」ダメと言われたことはない。それでも、ダメなんじゃないかと思ってきた。
「がんばるって
……
決めたから。だから、こうやって楽しいのが嬉しい。生きてて良かったって思えるのが
……
嘘みたいだ」
バスケを続けていなければ、もっとずっと早くに、楽になっていたのだろうか。深い海の底で、ソーちゃんに会えていただろうか。
楽な方にばかり逃げていて、勇気もなくて臆病な俺が、それでもがんばるって決めたこと。他人から見たら無様極まりない格好だとしても。
「死んじゃわなくて、良かったなあ。本当に、今夜はいい夜だ」
みんなありがとな〜〜とアイドルみたいな感謝を告げて、ヤスの肩に頭を預ける。いよいよ瞼が開かなくなった。
「ちょっとだけ
……
」
たまにはいい夢が見たいなんて贅沢な希望を抱いたまま、意識が真っ暗に落ちた。
「
……
リョータ、うちに泊まらせますね」
割と静まってしまった面々の顔をチラリとみて、ひとまず宣言した。くうくうと寝息を立てる親友は、髪型もすっかり乱れて脱力しきっている。本当に寝てしまったらしい。
「いや
――
俺が連れてく」
ヤスの宣言に異を唱えたのは三井で、宮城の言葉に何か感じるものがあったらしい。それはいいのだけど、何故連れて行こうとするのか。もっと話を聞くべきだと思ったのかもしれない。
三井は、宮城がリンチされた後にバイク事故で生死の境を彷徨ったことを知らない。ヤスだってお見舞いに行くまで知らなかったことだ。勢いがあって喧嘩っ早くて、バスケが上手い生意気な後輩。そう思われている宮城が本当に大事なことを吹聴しないものだから、ヤスくらいしか知らない面がたくさんある。
「
……
まあ、うちも構わんぞ」
次に引き受けオーケーの意思を告げてきたのは赤木である。
そういう流れなんだ。ヤスが思うと同時に、花道も思ったらしい。お、オレの家大丈夫かな
……
とそわそわしだしている。先輩たちの名乗りに無理して加わらなくていいんだよ。
しかし、三井からの赤木の流れは意外だったし、同時に意外でもなかった。
赤木は宮城が入部した時から目をかけていて、意見をきちんと言えることも喜んでいるように見えた。赤木が一人でバスケしてるみたいに見えるなんて、一年勢はみんなわかっていた。
でも、バスケは一人ではできないスポーツだ。絶対に。
宮城には伝わりにくかったかもしれないが、赤木が宮城の感性やスピードを高く評価していることも、すぐにみんな分かったものだ。宮城にはそれだけの実力があるし、それだけの存在感もあった。
宮城はパスができます。
あの一言を受けた時に、宮城は赤木に期待されていることを疑わなくなった。ダンナと呼んで彼を慕い、その飄々とした余裕そうな表情で、一緒にバスケをやって行こうと全身で告げたのだ。
「俺の家は無理だ
……
親戚が来てて」
「木暮先輩
……
気にしないでください。リョータが勝手に寝ただけなんで」
「いやでも、今の宮城、家に連れて帰って死ぬほど甘やかしたいだろ」
「それはそう
……
」
流石は木暮先輩である。本質をついてきたため、三井が激しく頷いている。
「よし、オレんち大丈夫そうだぞ! リョーちんならおんぶできるしな」
花道家もいけるらしい。流れに乗ってきた様子が微笑ましくて、ちょっと和む。リョーちん、と宮城を慕うのは似た者同士のシンパシーでもある。問題児で、好きな子に思いが届かなくて、それから
――
きっとそれだけでなく。
「無理しなくて大丈夫だよ、花道」
でも、その優しさは宮城も嬉しいに違いない。
しかしここまで殆どが宮城を家に連れて帰っていいとなると、誰が連れて帰るべきか。
花道が一方的にライバル視している流川に視線を投げれば、なんだか宮城を不思議な顔で見ていた。何を考えてるかよく分からないところがあるけれど根は好青年の流川だ。悪い感情ではないだろう。
でも、宮城のいつ死んでも良かったような気持ちは、流川に分かるのだろうか。ヤスは少しだけみんなより宮城を知っている。そして、その自己犠牲的までの献身も自らへの厳しさも、少しだけ分かっている。それがほんの少しであることも、嫌というほど理解している。
それでも、そんな理解も不理解もひっくるめて、経済的に自立してない子供同士でできることは、オレは宮城を大好きで大切なんだと伝えることくらいだった。
毎日を一緒に生きて、買い食いしたり駄弁ったり、一緒に笑ったり泣いたりすることだけだった。
だから。
ヤスが望むのは、宮城リョータが誰よりも何よりも幸せであることだ。生きてて良かったと繰り返し咀嚼することだ。今日は酒の力を借りてだったけど、体には良くないので次回からこれはなし。
なんでもない日に。ありふれた時間に。死ななくて良かった。生きてて良かったと、ずっと絶え間なく思い続けてほしい。ヤスは、そうだから。宮城リョータが生きててくれて、嬉しいから。ずっとこれからもこの先も、宮城と笑ったり泣いたりしたい。生きて、笑ってくれればそれでいい。大事な、大切な、この世でいちばんの親友だ。
「オレは
……
先輩が起きるまで待ってていいスか」
流川の言葉は新しいパターンで、それもそうだね、と笑う。まだ飲み会をお開きにするには早いのだし、宮城が起きた時にビックリしちゃうのはよろしくない。
「じゃあ本当に帰る時になっても起きなかったら、オレがリョータを起こしてどうしたいか聞きますから
……
それでいい?」
「
……
ス」
きっとみんな、宮城に聞きたいことがあるんだと思う。どうしてそんなに死にたかったのか。どうしてそんなに生きているのが辛かったのか。どうしてこんなありふれた飲み会で、生きてて良かったなんて、言えるのか。
答えてくれるか分からないから
――
もう無理って言うほど甘やかして、もっと生きてて良かったと言わせたい。
ただの我儘かもしれないけど。
不思議なくらい簡単に、死ねやと叫びながら殴られた日の景色の中にいた。うたた寝くらい、いい夢見せてくれてもいいのに。宮城の夢はいつもこうだ。
ちょうど、ゴミみたいな雪が降ってきて、それを手のひらに掬い上げる。あの日の己は、眺めているだけだったけれど
――
夢の中だからか、冷たさは感じない。塵芥の塵でゴミと書くんだと知った時、なるほどと思ったくらい、その雪はゴミだった。手のひらで溶けていかない雪に、床に積もったものとの違いを見出せない。
沖縄に住んでいた頃、雪にすごく憧れていた。テレビの中、映画の中、絵の中、本の中、あらゆる場所で見る雪は白くて綺麗で、だからきっと、宝物みたいだと思ったのだ。冷たくて、気持ちいい。氷よりふわふわしている白い結晶。
そう信じたものが実際のところはくだらないほど綺麗じゃなくて、憧れたことすら馬鹿らしかったこと。泥の中みたいに息ができなくて、苦しくて、息をするたびに迫り上がって吐きそうになる思い出のことを、宮城は心底分かっている。
簡単に写真の中におさまった父親。己に怒りも呆れもしない、ソーちゃんの最期の顔。
「本当に、ゴミみてえ」
もう帰ってくるなと叫んだ言葉は、ソーちゃんに向かった「死ね」だった。そんなつもりじゃなかったけど、それこそ言い訳に過ぎない。
ソーちゃんに約束を破られてすごく悲しくて悔しかったし、俺を優先して欲しかった。俺にとってはソーちゃんが全てだったけど、ソーちゃんにとっては違うことが悲しかった。
でもそれだけのことだ。少し我慢すれば済むだけの話だった。それとも、叫ぶんじゃなく、泣くんじゃなく、何があってもあの船に潜り込んでついていくことが、正解だったのかもしれないけど。
いつもはあんな事言わないのに、俺はソーちゃんに俺がどれだけ傷ついたか伝えたくて、傷つける言葉を選んだのだ。幼稚で稚拙で、救いようもない自身の無責任な言葉。
一度、船に乗ったことがある。ソーちゃんが遊んだ釣りがどんなものだったか知りたくて。その時のエンジン音の大きさは、子供の声をかき消すには十分すぎた。
ああ、だからソーちゃんはあんな不思議そうな顔をしていたのか。届いてなんていなかった。宮城の言ってはいけなかった言葉は、ほぼ間違いなく、ソーちゃんには届いていなかったのだ。
帰ってこなかったソーちゃんを、どこか遠い島に暮らしていると信じられたら良かったのだろうか。
どちらにせよ。ソーちゃんは俺の言葉通り、二度と帰ってこなかった事実だけがあるのなら、大した違いは存在しない。
誰かを傷つけたいから傷つけることが、どれだけ罪深いことなのか、愚かだからそうやって取り返しがつかないほど間違って。ようやく知ったところで、何をどう後悔しても遅いまま、どれだけ時間に巻き戻って欲しくても奇跡は起こらない。
宮城リョータは、間違えた。間違えた結果、大切な大好きな人を永遠に失った。
だから多分、死んでるその人よりたくさんたくさん苦しんで、血反吐を吐きながら重い体を引きずって
――
生きることだけが、残されたもののできることだ。ソーちゃんはそこから一歩も動かない。もういないからだ。変わってゆくのは死者じゃない。
生きているのだから、いつかはきっと死者を追い越して、俺たちは歩いていく。置いていくんじゃなくて、追い越して。
ソーちゃんのことを大好きだったから、辛くて苦しくて泣きながら胸を掻きむしったことも、喪失が悔しくて信じられなくて信じたくなくて己の不甲斐なさと向き合う日々が虚しかったことも。
――
でも、決めたから。
「バスケを、続けるんだ」
あの日の景色は夢の中でも鮮明に描き直せるほど、よく覚えている。美しすぎた夕焼けと、キラキラとした透明の海。砂の一粒まで煌めいていた。風が吹いたけど、その感覚まで夢の中では感じられなかった。だけど、ただひたすらに。
美しい世界だった。泣きたくなるほどに
――
誰が死んでも、生きていても、世界は美しいものだった。
「え、宮城、雪ってすげー綺麗だよ。知らねーの?」
アメリカでできた友人は、雪ってゴミみてーだよな、と溢した言葉に驚いたように目を開いていた。ふわふわで白くて、降った方があったけーの。そう言って輝く瞳が真っ直ぐで綺麗だった。
「湿度、高くなるんじゃねーの」
「あ、それでか。秋田の雪はいいよ。
……
まあ雪かきは大変だけど
……
汚いなんて言わせないって」
綺麗だと思ったものは本当は汚くて、それでも実はうつくしかったりするから、この世界は不思議だ。楽しい日々は地獄に変わって、それが日常になって、また美しさを知ってゆく。
「リョータ、オレとまた1on1してくれよ」
「
……
分かったよ、エージはしつこい」
残酷なこともあれば、寄り添って一緒にいてくれる優しい人間だっている。
諦めずに生き続ければ、生きてて良かったと思えることがある。知らないうつくしい世界を知ることすら。あるいは希望が打ち砕かれることはあるけれど、また積み上げることもできる。
生まれた時から生き続けて、息をして、俺はここにいる。バスケを続けて走り続けている。
生きているから、まだ俺は生きているんだと、馬鹿みたいなことを思う。でもそれが事実だった。死んでしまったソーちゃんは行けなかったインターハイへ、アメリカへ行けた。歩いていたら、それが道になっていたから。
それこそ夢みたいだろう。
生きてて良かったと思えるほど、死ななくて良かったと信じられるほど
――
生きてここにいることは、嬉しいことだった。
「
……
おはよう?」
起きたらみんなに覗き込まれていて、流石に寝顔を晒していたことが恥ずかしくなる。慌てて顔を隠して、涎とか溢れてないよな? と確かめる。涎は大丈夫だったが、ちょっと泣いていた。あの夢のせいだろう。何度追想しても
――
ソーちゃんがいない世界を受け入れるのは辛い。
「おい、宮城。なんで泣いてたかの説明をしろ。そんで」
「へ
……
?」
何故かヤスが申し訳なさそうに片手をお詫びの形に掲げていた。流川、花道、ダンナに三井サンが俺を選べと言っている気がする。
「誰と帰りたいか選べ」
「なんで⁈ 怖くない⁈ 俺なにされるの⁈」
デスゲームとか始まる⁈ と戦々恐々していると何故か「すまん
……
!」と木暮先輩に押さえつけられて、三井サンが脇に触れてくる。「え、ちょ
……
」
「説明するまでくすぐるからな」
「拷問じゃん⁈ いや、あの、ちょ
……
ひゃ、あは、あはは、や、やめ
……
ううううう
……
やめ、あ」
くすぐりは古来から使われていた本気の拷問方法なので、人間が耐えられるものではない。なので、勝負の前から敗北が決まっているゲームなのだ。
泣いてた理由を突き詰めると過去を語るしかなくなるので、ほぼ泣きながら「そーちゃんって
……
兄貴がいて
……
し、死んじゃってから
……
」とか吐かされた。三井サンのことは死ぬまで恨む。
とはいえ、木暮先輩も俺を抑えながら「そっか
……
辛かったよな」とか言うし、花道は「わかる
……
わかるぞリョーちん」って無茶苦茶同意してるし(色んな意味で同族だもんなあ〜〜)、ダンナは「幸せになれよ、宮城」とか父親みたいになってるし、流川は「先輩が生きてて良かったっス」なんて可愛いことを言うものだから
――
くすぐりに加担したやつは全員有罪にしたいところだが、三井サン以外情状酌量してしまう。
くすぐりってさぁ
……
やめてほしくても止められないし、本当よくないわけ
……
。
「
――
で、誰と帰りたいかってそんなのヤスに決まってるでしょ。行こうぜヤス」
「えっ、いいの?」
「いいよ。母さんも久々に会いたがってたし。寄ってくだろ?」
「あっ
……
うん。そうだね、リョータは自分の家があるもんね」
「?」
三井サンの暴走は死んでも許さねえけど、話したらちょっとスッキリはした。乗り越えたと思ったけど、夢には出るから誰かに話してしまいたかったのかもしれない。くすぐりに耐えかねて泣きながら話す羽目になるとは夢にも思わなかったけど⁈
「じゃあ気をつけて帰れよ」
「お前だろ」「宮城もまだふらついてるぞ」「リョーちんがな」「お前こそな」「先輩も」
軽い気持ちで言ったらめちゃくちゃブーイングで、なんなんだよ〜〜と靴を履く。その背中に、ヤスが乗ってきた。珍しい、ヤスがこういう風に絡んでくるなんて。ヤスの体温が高いから、俺もそうだけど互いに酔っ払ってるのかも。
「どうした、酔った?」
「リョータほどじゃないけどね。ね、リョータ」
優しくて穏やかな、俺の大好きな親友の声に。
「
――
オレといる時、楽しかった?」
少し不安が滲んでいることに、申し訳なく思う。
ずっと死にたかったこと。生きているのが辛かったこと。それは笑い合ってた時間の否定とも言えるだろう。でも。
「
……
楽しかったよ。ヤスといるのが楽しかったから、死ねなかった」
ヤスがいなかったらとっくに死んでいたかもしれないほど、俺は背中にへばりついた親友に救われていた。何気ない会話に。日常の一コマに。そう言うものに、人は救われてしまうんだと思った。死にたくてしょうがないのに、ヤスとの帰り道が好きだったから海に飛び込まなかった。
「それで、ヤスのおかげで生きようと思った。ソーちゃんがいない世界でも」
バイク事故にあった時に、めちゃくちゃに泣いて心配してくれたヤスがいたから、俺はソーちゃんじゃなくて、この世界に生きている一人の人間だって自信が持てた。人は誰の代わりにもなれない。悲しくても事実だ。ヤスはソーちゃんを知らないから、ソーちゃんの代わりの俺なんて求めない。当たり前のことなのに
――
親友を泣かせるまで、愚か者の俺は気づかなかった。
「
……
うん」
体を剥がしたヤスが、隣に座って靴を履く。ヤスの優しさや強さや勇気は、宮城をいつだって温かくする。
「じゃあ、これからも宜しくね」
「
……
当たり前だろ」
ずっと隣にいなくてもいい。たまに会った時に笑い合えればいい。そしてその顔を見るたびに、今まで生きてて良かったと思えるくらい
――
お前が幸せであれば、それでいいんだ。何年経っても、何歳になっても、宮城リョータは安田靖春が大好きだ。春の匂いがする親友を、愛してる。
「生きてて良かった?」
「生きてて良かった」
コツン、と拳をぶつけて笑った。これからも続く人生の折々に、君がいてくれたらいい。
生きてて良かったと、呼吸のたびに思い直す。心臓バクバクでも、きつくても、辛くても
――
それが生きてると言うことだから。
馬鹿な仲間も含めて、新しい出会いも全部ひっくるめて。苦難のたびに、平気そうなふりをして!
この生を謳歌しようと、宮城リョータは決めている。
俺は、もういないあなたの分まで、この人生を生きていきます。
それでもきっと、あなたは許してくれるのだろうと、甘やかされた弟の俺は思うのです。
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