hinohi_no
2018-01-16 22:12:11
2000文字
Public インド映画
 

勇者の慟哭

クマラ・ヴァルマは

この喉が裂け、血があふれ、声を失おうとも伝えたい、言葉があった。笑われ、期待されずに生きてきた、口ばかりだった己を変えた、たった一夜の出来事を、己は生涯忘れることはない。愚鈍と呼んでいた男が何よりも誰よりも美しく高潔で、その勇気と徳の高さを知れば跪かざるにはいられない――アレンドラ・バーフバリに。
殺されても、仕方がない、ことをした。
バーフバリの短剣と勇気があれば「鈍い男だ、クマラ・ヴァルマ」たとえ子供でも「貴様は生贄だ」どんな冷たい場所にいても「これで国母は……」うつくしく強く、生きていくことが、できるだろうと。
信じてみたかった。弱虫で、臆病者で、どうしようもなくて、なんにもできなかった己が、バーフバリの為にできることを、見つけたかった。王族を追放されようと、きらびやかな装飾を全て外そうと、泣きながら笑う民に迎えられる、その、姿を見て。
こんな己を、友だと言って手をひろげる、それがどれだけ光栄なことか。バーフバリの友だと言えることが、どれだけ誇らしいことなのか、彼は分かって、いるのだろうか。それだけでもうクマラは生きていて良かったと思えた。生まれてきた意味を知ることが出来た。命を守るのが、王族の道義だと、はじめて、知った。
その一夜の出来事を。クマラ・ヴァルマは忘れない。
そして、あの一夜の出来事を。クマラ・ヴァルマは許せない。
どうして考えられなかったのだろう。どうして慎重に行動しなかった。どうしてあんな奴らの言うことを信じたのだろう。どうして、これほどの悪意があることを、己は知らなかったのだろう。
バーフバリに救われた己が、バーフバリを殺す贄になるだなんて、そんな残酷なことがあって、たまるものかと。
だってバーフのお陰なんだ。大事な人を守れるようになった。クンタラが滅びなかった。己の中に勇気があることを、初めて、知った。バーフバリの短剣さえあれば、愛する人を守れると、そう、思った。
その自分のせいで、アマレンドラ・バーフバリは、処刑される。
最早動かない腕も、足も、がくがくと震える身体も、すべて死に向かう中で、なによりも絶望に突き落とす事実に。
ああ、この足が動くのなら。今すぐにでもバーフバリの足元にはっていき、謝るだろう。この手が動くのなら、バーフバリの手を掴んで頭を下げただろう。この喉が震えるなら、バーフバリに今すぐ逃げてくれと、叫んだだろう。
どこか遠く、こんな恐ろしいものがいないところで、笑っていてくれと。
目を閉じれば、笑いあう妹のように大事に想っているデーヴァセーナと、バーフバリの姿が見える。大きなおなかを抱えたデーヴァセーナは幸せそうに微笑み、それは王宮にいた時あの頃よりも、ずっと美しく輝いていた。美の神ですら裸足で逃げだすと言われたデーヴァセーナは、けれど誰より高潔で、強く、美しく、優しかった。似合う男などいるのだろうか、と思っていたかつての自分に教えたい。素晴らしい人が、いるのだと。誰よりも優しく、誰よりも美しく、誰よりも王である、そのアマレンドラ・バーフバリは。王でない、庶民の服を着たバーフは、それでもどこにいても王と敬われ、おおきなお腹を撫でて、嬉しそうに笑う。どこにでもない、ありふれてなどいない奇跡、その中にいることがクマラの誇りだった。
クンタラに帰らないのか。と、バーフバリに聞かれたことがある。
己は王族で、庶民と共に生活することは初めてだった。クンタラは大きな国ではないから、民と距離があるわけではなかったが、こんなふうには。だから、バーフとデーヴァセーナが城から追放された時、クンタラに帰れば良かったと言われれば、確かにそうだ。
けど、そんなことは、考えたこともなかった。
 ただ、アマレンドラ・バーフバリの力になりたかったのだ。たとえ、なんの力になれないくらい、己に何もなくても、傍にいたかった。母をあれ程愛しているバーフバリが、デーヴァセーナを守ったが為にこんなことになってしまって。それでも誓いを守ってくれている。デーヴァセーナに、私はそなたのものだ、と言い放った瞬間に、息ができなくなるほど、おどろいた、日。
 アマレンドラ・バーフバリにとっては当然ともいえる振る舞いの数々は、だって、すべてが奇跡なのだ。誰もができない、ことなのだ。
 力になれるかは分からないが、傍についていたいんだ、と言えば、バーフバリは目を細めて、笑った。ありがとう、と呟いて。帰れとは言わなかった。己の好きなようにさせてくれた。帰っておけば良かったのだ。こんなことに、なるくらいなら。なんの力にもならないくせに、助けることもできないくせに、おめおめと罠にかかって、バーフバリを殺すことになるのならば!!!
 その罪を、償うことなどできやしない。


 すまないと、零れた言葉は音にならず、クマラ・ヴァルマは息絶える。