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hinohi_no
2016-01-10 17:42:56
2336文字
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トム関係
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コラテラル
忘れられない、マックスのはなし。
流星群につらぬかれる、夢を見た。
「
……………
」は、と目を覚ました。冷たい空気が腕を撫でている。隣には、妻となる愛する女性。薄暗い中に時計をみれば、まだ朝の四時頃だろうか。もう一眠り、できる時間だ。 それでもどうしても眠る気になれず、彼女を起こさないようにベッドからおりる。キッチンの冷蔵庫からミルクを出して、口をつけた。冷たいミルクが喉をひらいていく。爽やかな目覚めとは言いがたかったが、すこし、さっぱりした。
リビングのテレビをつけて、音量を最小にする。こんな時間にやっているのは、ニュースか通販番組しかない。たいして面白くもない番組を眺めている。
──マックス。
まるで兄弟のように己を呼ぶ声が脳裏に閃いて、目を閉じてかぶりをふった。いつも、こうだ。ぜんぜん関係ないことをしていても、幸せの絶頂にいても、夢であったリムジン会社を立ち上げても。ふとしたときに、声はきらめく。
──マックス。
己の運命を大きく変えた一夜の出来事を、一生、忘れることはない。そんな簡単な言葉以上に、突如時も場合も関係なく降り注ぐ声は、明白な呪いのようですらあった。
……
だって、その声を殺したのは己他ならないのに、彼にたまらなくひかれていたのも、事実だったのだ。あの夜。彼がいくつかのことをしなければ、己は彼を撃ったりなんて、しなかったかもしれない。同時に、引き金をひく力を与えた言葉の数々がなければ、己は彼女にプロポーズすることも、長年あたためすぎて孵化の時期を逃した夢の実現も、到底不可能だったに違いない。
……
すべてが順風満帆というわけでは、なかった。誰もが降りたくなくなるリムジンなんて、この世のどこにも存在しないからだ。あたためすぎて現実の色を失ったその夢に、それでも辛抱強く希望を持たせてくれたのは彼女だった。そして、きっかけをくれたのは、間違いなく
……
銀色のおとこだった。
あの夜以上の衝撃を、マックスは知らない。あるいはそちらの世界に踏み込めば、それだけのスリルやおそろしさは当然のようにマックスに降りかかるのかもしれなかったが、そのような道は絶対にとらないと分かっていたし、彼がその世界で、どんな風に生きていたのか、ほんのすこし考えてみるだけで、足を踏み出す気は微塵もなくなる。
地下鉄で、死んだ男がいる。さいごの言葉を、覚えている。
最初は、どんな意図だったのか、わからなかった。それどころでは無かったし、はじめて人を殺したという事実に、呆然ともしていた。殺さなければ殺されていた。自分だけでなく、彼女も。
彼はミスを犯したのだ。マックスは聞いた。何度も聞いた。どうして俺を、殺さないんだ? と。彼は、答えなかった。そのわけを、彼のさいごの言葉の意味を、ずぅっと、考えつづけている。
──マックス。
思慮にたけ、深い知識と教養を蓄えていた。殺し屋と言うのは、皆そういうものなのだろうか? 他を知らないから想像することしか出来ないが、違うだろうと勝手に信じていた。
うつくしい、おとこだった。
……
洗練された技術は恐怖に震える己ですら惚れ惚れするほどのものであって、彼は当たり前のように人を殺し、確かな意志をもって仕事をこなしていた。仕事にあれほど真摯でいられる人間も、少ないだろう。無論、仕事の内容は、マックスにとっては受け入れられない、許すことのできないものだったが。
……
ただ、彼、だけのはずがない。あんな風に簡単に人を殺す人間は、この世界にごまんと溢れている。理解はできたかったけれど、彼の言葉を教えたとき、彼女はいった。ヴィンセントというひとは、命をひどく、平等にみていたのね。けして、軽くみていたわけでは、ないのね。 目から鱗が落ちる感想で。
命を軽くみていたわけでは、ない。
──ヴィンセント。 あんたはどんなターゲットにも全力を尽くしたし、あんたはたとえ誰が相手でも殺しただろう。あんたにとって、もしも冗談だと笑い飛ばしたあの話がほんとなら、父親を殺すことだって変わらなかったんだろう。 なあ、あんたの目に、この世界は、どう、うつっていたんだ?
バックミラーから見た彼は、せわしなく警戒をつづけ、だけどきらきらと煌めく星の瞳は、言いようがないほどうつくしかった。その瞳に見つめられたとき、いぬかれたように動けなくなる、くらい。 だから。
流星群につらぬかれる、夢を見る。夢のなかで、あんたは笑う。兄弟みたいに俺とあんたは肩をくみ、背中を叩き、酒をのむ。喜ばしいことがあればともに分かち合い、悲しいときは同じ涙を流しあった。母に見舞いにいくときに、あんたは必ず花を買う。
ヴィンセント。 夜道にあゆむコヨーテを見ると、あんたを、思い出すんだ。リムジンを運転しているとバックミラーごしのあんたを思い出す。警察を見るとあんたを思い出す。彼女といるとあんたを思い出す。電車に乗るとあんたを思い出す。夜空の星に、あんたを想う。ふとした拍子に、あんたがいる。
──マックス。
まるで亡霊だ。あんたはどこにもいないのに。ぱちん、とテレビの電源が消えて、目を見開くと、彼女がテレビのリモコンをもって立っていた。微笑みながら彼女はかなしい息をつき、それから野良猫が道路で死んでいたのを見たような顔をする。
……
彼を、思い出していたんでしょう。
俺はどう答えればいいかわからずに、視線をそらす。だって、今までの俺の告解も、彼女の言葉も、ほんとうのところ、正しくはないのだ。 忘れられたことなんて一瞬たりともないのだから──思い出すという言葉は、間違っている。ただ、強く顔を出す瞬間があるという、だけなのだ。ヴィンセントの夢を、毎晩みる。
……
きっと。明日も。明後日も。
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